AIの事故に保険は効くのか?|補償される範囲を先に読む

「AIが誤った案内を出してしまったときのために保険に入りたいのですが、どこに何を聞けばよいのかが分かりません」「サイバー保険には入っているので、AIで事故が起きてもそれで出ると総務から言われました」——AIを業務に入れ始めた会社から、導入の半年後あたりに出てくる相談です。足りていないのは保険の知識ではありません。保険は損害の大きさではなく、約款に並んだ入口の言葉に当たるかどうかで先に決まる、という一点が社内で共有されていないのです。この記事では、AIの事故で出た損害のうち何が補償され、何が免責になるのかを、公表されている約款と商品資料から型に分けて整理します。
カメ先生保険はね、損害が大きければ大きいほど出るもの、と思われがちなんだ。でも実際に先に見られているのは金額ではなくて、その事故が約款の書いた入口から入ってきたかどうかなんだよ。
カメ子入口、ですか。支払いの対象になる事故の種類が、あらかじめ決まっているということでしょうか。
カメ先生そうなるね。サイバー保険なら、攻撃を受けた、情報が漏れた、といった言葉が先に並べてある。AIが誤った答えを出したという事象そのものは、その並びに名前が無いことが多い。
カメ子損害が出ていても、入口に当たらなければ支払いの検討に入らないことがある、という理解でよいでしょうか。
- 保険金が出るかどうかは損害の大きさではなく、約款が並べた事由に当たるかで先に決まる
- AIの損害は、情報漏えいと権利侵害には届きやすく、予測の誤りと結果の未達には届きにくい
- 引受けでは対策の状況を数十項目聞かれる。入る前に社内で決めておくことのほうが多い
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「サイバー保険に入っているから大丈夫」が、AIでずれるところ
AIの事故に備えたいと言ったときに、社内から返ってくる答えとして最も多いのがこの一言です。ところが、その保険の約款を実際に開いて読んだ人は、たいてい社内に一人もいません。保険は、損害が出たかどうかではなく、約款が並べた事由に当たるかどうかで支払いが決まります。ここを飛ばすと、事故の当日に初めて範囲を知ることになります。
損保ジャパンが公表しているサイバー保険の商品パンフレット(2023年4月改定)を例にとります。基本補償は「第三者に対する賠償責任」と「事故発生時の各種対応費用」の2つで構成されている、と明記されています。そして賠償責任の部分が拾うのは、サイバー攻撃、デジタルコンテンツ不当事由、情報の漏えいまたはそのおそれ、ITユーザー業務による偶然な事由、によって法律上の賠償責任を負担した場合、と書かれています。東京海上日動のサイバーリスク保険も、損害賠償責任と事故対応費用に、システム中断の補償をオプションで足す構成だと説明されています。
この並びを、AIの事故に当てはめてみてください。AIの入力欄に社外秘を貼り付けて外に出てしまったなら、情報の漏えいに当たります。しかし、AIが誤った数字を出し、それを信じて発注した在庫が余った、という損害は、どの言葉にも名前がありません。入口に名前が無い損害は、金額が大きくても支払いの検討に入らないのです。AIの事故がずれるのは、被害が新しいからではなく、入口の言葉が古い並びのままだからです。
入っている保険の入口を、4つの言葉で確かめる
確かめ方は単純です。保険証券ではなく約款の、保険金を支払う場合の条文を開き、そこに並んだ言葉を書き出します。多くのサイバー保険では、4つ前後の言葉が並んでいます。その言葉に、自社のAIの使い方を一つずつ当てはめるのが最初の作業になります。担当者が読めないほど難しい作業ではありません。1時間で終わります。
| 約款に並ぶ入口の言葉 | AIの場面で当たりやすい例 | 当たりにくい例 |
|---|---|---|
| サイバー攻撃 | 社内のAI基盤に不正侵入され、学習させた社内文書が持ち出された | 外部のAIが自社の意図と違う出力を返しただけの場合 |
| デジタルコンテンツ不当事由 | AIに作らせた記事や画像が、他人の著作物に似ていた | 社内の検討用に留め、外に出していない出力 |
| 情報の漏えいまたはそのおそれ | 外部のAIに顧客情報を貼り付け、外に出たことが確認された | 漏れた形跡を記録から示せない場合 |
| ITユーザー業務による偶然な事由 | 設定の誤りでAIの画面が社外から見える状態になっていた | 需要予測や与信の判定が外れたことによる損害 |
表の右の列は、どれも実際に相談として上がってくる場面です。とくに読み落とされやすいのが、営業が止まったことによる利益の減少です。損保ジャパンのパンフレットでは、この部分は基本補償ではなくオプションだと明記され、想定事故例にも基本補償では支払いの対象とならないという注意書きが添えられています。止まっていた間に減った売上は、別に付けていなければ出ません。
初期設定で外れているものが、あと2つあります。1つは他人の身体の障害や財物の損壊で、こちらもオプションの扱いです。もう1つは、対価を得る目的でソフトウェアやクラウドのサービスを提供することに起因して発生した損害で、こちらは追加条項を付けないと基本補償では拾われません。AIを組み込んだ機能を顧客に売っている会社は、この最後の1つに必ず当たります。自社の業務にAIを使っている会社と、AIを載せた機能を売っている会社とでは、そろえるべき補償が別物になります。
いま選べる備えは、3つに分かれる
AIの損害をどこで受け止めるかという選択肢は、大きく3つです。既に入っている保険にオプションや追加条項を足す、AIに専用の補償を別に手当てする、契約で相手方に寄せる。3つは択一ではなく、損害の型ごとに割り振るものです。全部を1つで受け止めようとすると、必ずどこかに穴が残ります。
費用の桁を先に置いておきます。損保ジャパンが公表している試算例では、支払限度額が賠償1億円と費用3,000万円、自己負担額10万円、保険期間1年、一括払、申告するセキュリティ対策は約半分が行われている想定、という条件がそろえられています。その条件で、売上高の小さい区分の年間保険料が、製造業で65,960円、小売業で98,940円、物流業で175,890円と示されています。同じ条件でも、アプリ開発を行うIT関連のサービス業は1,275,220円で、製造業の19倍を超えます。こちらはIT業務の補償オプションを付けた試算だと注記されています。
3つ目の「契約で寄せる」は、誰がどの持ち分を負うかという話に踏み込みます。そこは本記事の主題ではないので、1点だけ置いておきます。契約で相手に寄せられるのは、相手が支払える範囲までです。責任の上限を定めた条項が入っていれば、その上限を超えた分は自社に戻ってきます。寄せたつもりで自社に残っている部分こそが、保険で拾うべき部分になります。
国内で最初に出たAI専用の補償は、何を補償しているか
生成AIだけを対象にした保険は、日本でも既に出ています。あいおいニッセイ同和損害保険が、生成AIのシステムを開発する会社と共同で開発した「生成AI専用保険」を2024年2月28日に公表し、同年3月から提供を始めました。同社調べで国内初とされています。中身を読むと、AI専用と聞いて思い浮かべるものとの差がはっきり出ます。
補償の対象として並んでいるのは3つです。1つ目が知的財産権の侵害で、生成した製造物が特許権、商標権、実用新案権、意匠権、著作権を侵害したとして権利者から訴訟を起こされた場合。ただし国内の訴訟に限定と明記されています。2つ目が情報漏えいで、生成AIの使用に起因して自社の機密情報が外部に漏れ、そのことが新聞やテレビ等で報道された場合。3つ目がハルシネーションで、名誉毀損やプライバシー侵害、その他の不適切な表現が報道された場合、と書かれています。
対象となる損害として並ぶのは、調査費用、法律相談費用、再発防止費用、記者会見と社告の費用、被害者への見舞金の5つです。並んでいるのは費用です。減った売上も、相手に支払う賠償金そのものも、この5項目には入っていません。AI専用という名前から期待するものと、実際に書かれているものの差は、ここに出ます。
もう1つ、形の面で読み取っておくことがあります。この商品は、保険契約者が生成AIのサービスを開発して提供する会社で、被保険者がその会社の開発した生成AIを利用する企業、という組み立てになっています。利用する企業が単独で申し込む商品ではありません。また、事故後の補償だけでなく、ガバナンス体制の構築支援がパッケージで付くという説明も添えられています。体制が先にあって、補償が後から乗る設計です。なお、この商品の補償上限額と保険料は公表資料に記載が無いため、本記事では金額に触れません。
補償される型その1:情報が外に出た
ここからが本体です。AIの事故で出る損害を型に分け、補償の側と免責の側に振り分けていきます。最初は、情報が外に出た型です。これは入口の言葉に名前があるので、3つの型のなかで最も保険に届きやすいものです。逆に言えば、届く型はこれと、次に見る権利侵害の型に、ほぼ限られます。
出る費用として並んでいるのは、再発防止を目的とした第三者による証明や外部機関による認証の取得にかかる費用、情報を漏らされた個人への見舞金や見舞品の購入費用と発送費用、法人に対する同じ費用、漏れた情報の不正使用を監視するための費用、そして事故対応関連費用、再発防止費用、データ復旧費用、システムの修復費用です。金額の大きい調査費用と対応費用が、ここでまとめて拾われます。同社の想定事故例では、従業員150名規模の食品製造業で役員のパソコンがウイルスに感染し、保存されていた過去のメールが発信されて情報が漏れた事故について、損害調査費用700万円と復旧費用300万円の合計およそ1,000万円という数字が示されています。
ただし条件が付いています。約款の注記には、公的機関からの通報や、セキュリティ運用を委託している会社からの通報などによって発見された場合にかぎる、漏えいの対象となる本人やその家族への謝罪文の送付などによって発生したことが客観的に明らかになる場合にかぎる、と書かれています。「漏れたかもしれない」では足りず、漏れたことを外から示せる状態にしておく必要があるということです。AIの入力欄に誰が何を貼ったかの記録が残っていなければ、この客観性は作れません。ログの保存期間は、保険の話として先に決めておく項目になります。
補償される型その2:出したものが他人の権利に触れた
2つ目は、AIが作ったものが他人の権利に触れた型です。ここは権利の種類によって、補償と免責がはっきり割れます。損保ジャパンの共通の免責には、特許権、意匠権等の知的財産権の侵害に起因する損害賠償請求、と書かれたうえで、ただし著作権および商標権の侵害に起因する損害賠償請求を除く、と続いています。
読み替えると、著作権と商標権は補償の側、特許権と意匠権は免責の側です。AIが書いた文章や描いた画像が既存の著作物に似ていた、という型は前者に入ります。AIに考えさせた名前やしるしが他社の商標に触れた、という型も前者です。一方、AIに出させた設計や外観が他社の権利に触れた、という型は後者で、こちらは出ません。同じ「生成物が他人の権利に触れた」でも、触れた権利の名前で扱いが反対になります。
先に見たAI専用の保険は、この点で範囲が違います。あちらは特許権、商標権、実用新案権、意匠権、著作権の5つを並べており、特許と意匠も含んでいます。ただし国内の訴訟に限定です。海外で訴えられた場合は、範囲の外に出ます。同じ「知的財産権を補償します」という言葉でも、商品ごとに中身が違うということを、この2つの並びが示しています。もう1つ、不正競争等の不当な広告宣伝活動による他人の営業権の侵害も、共通の免責に並んでいます。AIに競合との比較を作らせてそのまま公開する、という使い方は、この条文を読んでから判断してください。
補償される型その3:後始末に出ていった費用
3つ目は、事故そのものではなく、その後始末に出ていった費用の型です。金額としては、賠償金よりもこちらのほうが先に、そして確実に発生します。約款には、この費用の中身がかなり細かく並べられています。細かく並んでいる理由は単純で、並んでいないものは出ないからです。
並んでいるのは、文書作成の費用、増設したコピー機の賃借費用、事故の状況調査とその記録にかかる費用、原因調査および再現実験の費用、事故の拡大防止に努めるための費用、現場に人を派遣する人件費と交通費と宿泊費、通信費と謝罪文の作成や送付の費用、超過勤務手当、臨時の雇入費用、会見や発表や広告のために支出した費用、コールセンターの設置と運営の費用、弁護士等への相談費用、第三者のコンサルティングを受けるための費用、そして他人に求償するための争訟費用です。自社で見積もろうとすると必ず漏れる項目が、ここに書き出されています。
この並びの最後に、見落とされやすい項目が1つあります。事故に関して自社の信用を毀損するインターネット上での書き込みや投稿に対応するために要した費用、という項目です。誤った出力が拡散した後の対応にかかる費用は、ここで拾われる可能性があります。ただし出るのは対応にかかった費用であって、落ちた信用そのものではありません。この区別は、後の章でもう一度出てきます。
免責になる型その1:予測や分析が外れた
ここから免責の側に移ります。最初の型が、AIを使ううえで最も痛いところに当たります。共通の免責の一つに、販売分析、販売予測または財務分析の過誤に起因する損害賠償請求、という条文が置かれています。
この3つの言葉を、AIの導入目的と並べてみてください。需要の予測、売上の見通し、与信の判定、在庫の最適化。企業がAIに最も期待している用途が、そのまま免責として名指しされています。AIが新しいから外れているのではありません。この条文は、AIが広まるより前から並んでいたものです。予測を外した損害は、道具が何であっても保険の外に置く、というのが従来からの線引きでした。AIに置き換えたからといって、この線が動くわけではないのです。
すぐ隣に、もう1つ関係する条文があります。業務の対価の見積もりまたは返還に起因する損害賠償請求、という免責です。AIに見積書の下書きを作らせ、数量や単価の読み取りを誤ったまま提出した、という型はここに当たります。だから、予測と見積もりについては、AIの出力を人の判断に置き換えないという線を先に引いておく必要があります。数字を出させるなら、根拠にした行と参照した期間を一緒に書かせ、人がそこを見て承認する。保険が受け止めない領域は、工程の側で受け止めるしかありません。
免責になる型その2:結果を約束していた
2つ目の免責の型は、自分の言葉で範囲を狭めてしまう型です。共通の免責に、業務の結果を保証することにより加重された損害賠償請求、という条文があります。さらに損害賠償金の定義のほうにも、業務の結果を保証することを含む特別の約定によって加重された損害賠償金は含まない、と書かれています。条文が二重になっているぶん、動かしにくい部分です。
何が起きるかというと、提案書や契約書の一文が、補償の範囲を後から削ります。AIを組み込んだ機能を売るときに、精度は9割5分を下回らない、検知の漏れは出ない、といった書き方をしたとします。その約束によって増えた分の賠償は、保険の外です。営業が書いた一文が、保険の効く範囲を締結の時点で狭めます。契約のレビューにこの観点が入っていないと、範囲が減っていることに社内の誰も気づきません。
同じ定義のなかに、出ないものがまとめて並んでいます。税金、罰金、科料、過料、違約金、懲罰的賠償金その他の補償的賠償金、課徴金です。行政から科される金銭と、契約で定めた違約金は、保険では戻りません。もう1つ、業務の履行不能または履行遅滞に起因する損害賠償請求も共通の免責にあります。ただし火災、破裂、爆発による場合と、サイバー攻撃やITユーザー業務の偶然な事由によるシステムの損壊や機能の停止による場合は、この免責から除かれています。
- 提案書に精度の数字を書く:約束によって増えた分の賠償は、保険の外に出る
- 検知の漏れは出ないと言い切る:結果の保証と読まれ、同じ条文に当たる
- 違約金の条項を軽く受ける:違約金は損害賠償金の定義から外れており、戻らない
- 契約のレビューに保険の観点を入れない:締結の時点で範囲が減っていることに誰も気づかない
免責になる型その3:入れたばかりのものが止めた
3つ目は、AIの道具の入れ替えが速いことから来る型です。喪失利益と営業継続費用の部分には、新しいソフトウェアを使用した場合や、改定したソフトウェアを使用した場合についての免責が並んでいます。ここはオプションの補償に付いた免責なので、基本補償しか付けていない会社には、そもそも関係しない部分でもあります。
条文は2つに分かれています。1つは、通常要するテストを実施していないソフトウェアの瑕疵によって生じた営業阻害事故。もう1つは、ソフトウェアの瑕疵によって、そのソフトウェアのテスト期間内、試用期間内、または正式使用後10日以内に生じた営業阻害事故です。入れた直後と、更新した直後が、いちばん落ちやすい期間として名指しされています。AIの道具は月の単位で版が上がり、機能が入れ替わります。この10日という線を知らずに運用していると、最も事故が起きやすい期間だけが無保険になります。
手当ては3つです。テストを実施した記録を、実施日と実施者と確認した項目のかたちで残すこと。版を更新した日を台帳に書くこと。そして正式使用の開始日を社内で定義することです。この3つが無いと、事故が起きたときに「通常要するテストは実施していた」「正式使用から11日目だった」と示せません。同じ部分には、受取不足または過払い等の事務的または会計的過誤の免責も並んでいます。AIに請求や支払の処理をさせるなら、ここも読んでおく条文です。
| 免責として並ぶ言葉 | AIの使い方で当たる場面 | 工程の側で受け止める方法 |
|---|---|---|
| 販売分析・販売予測・財務分析の過誤 | 需要予測、売上の見通し、与信の判定をAIに出させる | 根拠にした期間と行を一緒に出力させ、人が確認して承認する |
| 業務の結果を保証することによる加重 | 提案書や契約書に、精度や検知漏れの水準を書く | 契約のレビューに、結果を保証する記述を探す工程を足す |
| 業務の履行不能または履行遅滞 | AIに任せた工程が止まり、納期に間に合わなかった | 止まったときの代替手順を、相手方と先に合意しておく |
| テスト未実施・正式使用後10日以内の瑕疵 | 道具の版を上げた直後に出力が崩れ、業務が止まった | テストの実施日と実施者、正式使用の開始日を台帳に残す |
| 受取不足または過払い等の事務的・会計的過誤 | AIに請求や支払の処理をさせ、金額を誤った | 金額が動く工程は、人の確認を通らないと確定しない形にする |
| 税金・罰金・科料・過料・違約金・課徴金 | 行政から科される金銭、契約で定めた違約金 | そもそも保険の外。工程の整備と、契約条項の見直しで持つ |
保険の引受けで、必ず聞かれること
補償の範囲が読めたら、次は入る側の手続です。ここで初めて、社内の実態を書き出すことになります。損保ジャパンの契約手続きの流れでは、業種と売上高等の項目を申告書に記載して提出し、セキュリティ対策の状況を併せて申告すると、その内容も確認したうえで保険料が算出される、と説明されています。対策の状況が、そのまま保険料に効く仕組みです。
質問の量は少なくありません。同社が手続を簡素化した商品の説明のなかに、通常のサイバー保険で必要となる数十個の質問項目は無い、という記述があります。裏を返せば、通常の引受けでは数十項目を答えることになります。簡素化した側の商品でも、引受けの前提として、過去5年間においてこの保険で補償される事故が発生していないこと、現在この保険で補償される事故が発生する可能性のある状況、事実、事情を認識していないこと、の2点が置かれています。「そのうち出そうだ」と分かっている状態からは入れない、ということです。
引受けの可否と保険料の土台になる項目です。簡素化した商品では、売上高100億円以下であること、金融機関やIT事業その他の引受制限業種に該当しないこと、が要件として示されています。
約半分が行われている想定という試算例が公表されている以上、ここを埋めるほど保険料は動きます。AIの利用に関する社内の決めごとも、この欄で聞かれることがあります。
既に起きている事故や、起きそうだと分かっている事情は、引受けの前提として問われます。隠して契約しても、事故の日に照らし返されます。
止まった間の利益、身体の障害と財物の損壊、対価を得て提供する業務。この3つはオプションなので、必要かどうかをここで判断します。
忘れられやすいのが通知義務です。申込書および付属書類の記載事項に変更が発生する場合は、あらかじめ通知が必要とされています。AIの利用範囲は、半年もあれば変わります。使う部署が増えた、顧客に向けた機能に組み込んだ、という変更は、通知の対象になり得ます。告知の説明にも、故意または重大な過失によって事実を告げなかった場合や、事実と異なることを告げた場合には、契約が解除されたり保険金が支払われなかったりすることがある、と書かれています。広げた範囲が無保険で動いていた、という事故は、契約の側で起きる事故です。
保険に寄せてはいけない損害
保険で受け止められる損害と、そうでない損害の境目を、ここではっきりさせておきます。保険は、出ていったお金を戻す仕組みであって、起きなかったことにする仕組みではありません。この一線を引いておかないと、保険に入ったこと自体が油断になります。備えたつもりで、確認の工程を薄くしてしまう会社があります。
戻らないものを並べてみます。一度出した誤った案内を読んだ人の記憶。それを見て取引を止めた顧客の判断。採用の応募が減ったこと。同業のなかでの位置。取引先の稟議で、次から一段厳しく見られること。これらはどの約款にも費用として並んでおらず、並べようがありません。約款が拾えるのは金額に置き換えられるものだけで、信用はそこに入らないからです。
紛らわしいのが、前の章で見た信用毀損への対応費用です。あれは書き込みへの対応にかかった費用であって、落ちた信用を金銭で評価したものではありません。同じように、営業が止まっていた間の利益の減少はオプションで拾える場合がありますが、止まったことで離れた顧客が戻らないことは拾えません。ここまでを踏まえると、保険に寄せるべき損害と、そもそも起こさない工程で受け止めるべき損害が、自然に分かれてきます。
- 約款が拾えるのは、金額に置き換えられる損害だけ
- 信用の毀損は、対応にかかった費用としてしか登場しない
- 止まっていた間の利益は拾える場合があるが、離れた顧客は戻らない
- 戻らない損害を一覧にすることが、工程を整える動機になる
事故の日に、保険を自分で消さないための決めごと
ここまでは入る前の話でした。最後に、起きた日の話を1つだけ入れておきます。約款には、被保険者自身の行動によって保険金が出なくなる場合が書かれています。ここを知らないまま現場に出ると、せっかく入った保険を自分の言葉で消すことになります。
具体的には、事前に保険会社の承認を得ることなく損害賠償責任を認めたり、賠償金等を支払ったりした場合は、その全額または一部について保険金が支払われなくなる場合がある、と説明されています。さらにサイバー保険の説明には、示談交渉を進めるための相談には応じるので、必ず保険会社と相談しながら被保険者自身で示談交渉を進めてほしい、と書かれています。自動車の保険のような示談の代行は付いていません。交渉するのは自社で、承認を取るのが保険会社、という形です。
この2つを合わせると、事故の日の動きが決まります。AIの誤りで顧客に迷惑をかけたとき、担当者が現場で「弊社の責任です、損害は賠償します」と言った時点で、保険が消えることがあります。謝罪することと、責任を認めることと、賠償を約束することは、別の行為です。現場でこの3つが混ざるのは、悪意ではなく善意からです。だから、決めごととして先に配っておく必要があります。
- 賠償を約束してよい人を、社内で1人に決めておく
- 相手に会う前に、保険会社と代理店へ一報を入れる
- 謝罪と、責任を認めることと、賠償を約束することを、口頭でも分けて扱う
争訟費用についても、同じ構造があります。約款では、被保険者が当社の承認を得て支出した訴訟費用、弁護士報酬、または仲裁や和解や調停に関する費用、と書かれています。弁護士を立てる前に一報を入れるという順番を決めておかないと、かかった費用が後から範囲の外に出ます。事故の対応は速いほうがよい、という感覚と、この順番は衝突します。衝突するからこそ、平時に紙で決めておくのです。
入る前に、社内で決めておく項目の一覧
ここまでの内容を、社内で決める項目に落とします。保険会社に相談する前に埋めておくと、見積りの精度も引受けの可否も変わります。埋まらない欄が残ったら、それがそのまま自社の弱いところです。
- AIを使っている業務の一覧(どの業務で、どの道具を、誰が使っているか)
- AIの入力と出力の記録を、どこに、どれだけの期間残しているか
- 予測、与信、見積もりにAIを使っているか(免責の型に直結する)
- 顧客との契約や提案書に、精度や結果を保証する記述が無いか
- 道具の版を更新した日と、テストを実施した記録の置き場所
- 正式使用の開始日を、社内でどう定義しているか
- 人が確認してから外に出す範囲の線引き
- 賠償を約束してよい人と、事故時に一報を入れる先
この一覧のなかで後回しにされやすいのが、3つ目と4つ目です。AIを予測や見積もりに使っているかどうかは、免責の型に直結します。使っているのに整理していないと、事故の日に初めて範囲の外だと分かります。契約に精度や結果を保証する記述があるかどうかも同じで、営業部門の提案資料まで見に行かないと出てきません。法務が見ている契約書だけを探しても足りないということです。
もう1つ、7つ目について補足します。人が確認する範囲を公開の前にどこで線引きするかは、事故を減らす工程であると同時に、引受けの質問にそのまま答えられる材料でもあります。AIに最終の判断をさせない範囲を先に決めておくと、保険の準備と事故の予防が一度に進みます。ちなみに、生成AIで作られた画像を検知する機能を2026年8月に導入した損保各社のリリースにも、保険金の支払いに関する最終的な判断は従来どおり担当者が行う、と明記されています。AIを扱う側の会社も、同じ線を引いているということです。
保険・契約・自社負担の3つを、どう組み合わせるか
最後に組み合わせ方です。3つのうちどれか1つで全部を受け止めようとすると、必ず穴が残ります。損害の型ごとに、受け止める先を割り当てるのが実際的です。割り当ての作業そのものが、自社のAIの使い方を棚卸しすることにもなります。
- 保険に寄せる:一度に大きく出て、外部からの請求として来るもの。情報の漏えい、著作権と商標権の侵害、事故の後始末にかかる費用
- 契約に寄せる:相手方の側の事情で起きるもの。提供元の障害、学習データの由来、委託先の使い方。ただし相手の支払える範囲まで
- 自社で持つ:頻度が高く1件が小さいもの、予測や見積もりの誤り、そして金銭では戻らないもの
割り当ての軸は2つです。1件あたりの金額が大きいか小さいか。そして、外部からの請求として来るか自社のなかで完結するか。金額が大きく外から来るものは保険へ。相手方の事情で起きるものは契約へ。金額が小さく頻度の高いものは、保険に入れると保険料のほうが高くつきます。自己負担額が10万円に設定されている以上、それを下回る損害は制度として自社負担です。
そして3つを割り当てたあとに、どこにも割り当てられなかった損害が必ず残ります。信用の毀損がその代表です。残ったものを「残った」と書いて、経営に見せる。ここまでやって初めて、保険に入るかどうかの判断材料がそろいます。入るか入らないかを先に議論すると、この残りが見えないまま話が終わってしまいます。判断が要るのは、金額ではなく、残す範囲のほうです。
よくある質問
AIの事故に備える保険は、自社だけで申し込めますか
商品によります。国内で最初に出た生成AI専用保険は、保険契約者が生成AIのサービスを開発して提供する会社で、被保険者がその会社の生成AIを利用する企業という形をとっており、利用する企業が単独で申し込む商品ではありません。まずは既に入っているサイバー保険や賠償責任保険の約款を読み、足りない部分をオプションや追加条項で埋められるかを代理店に確認するのが、多くの会社にとって現実的な入口です。
すでにサイバー保険に入っています。AI向けに何を足せばよいですか
一律の答えはありません。まず、止まっていた間の利益の減少、身体の障害と財物の損壊、対価を得て提供するソフトウェアやクラウドの業務、この3つがオプションになっていないかを確かめてください。AIを組み込んだ機能を顧客に提供している会社は、3つ目に必ず当たります。そのうえで、予測や見積もりにAIを使っているかどうかを整理すると、保険では埋まらない部分が見えてきます。
誤った案内を顧客にしてしまいました。保険は出ますか
誤った案内を出したこと自体が入口になっている商品は、一般的ではありません。その出力によって情報が漏れたのか、他人の著作権や商標権に触れたのか、名誉を傷つけたのかで、当たる条文が変わります。逆に、需要の予測や与信の判定が外れたことによる損害は、販売分析や販売予測の過誤として免責に並んでいるのが通常です。事故が起きたら、まず何が起きたのかを入口の言葉に言い換えて、代理店に相談してください。
保険料はどのくらいかかりますか
業種と売上高と対策の状況で大きく変わります。損保ジャパンが公表している試算例では、支払限度額が賠償1億円と費用3,000万円、自己負担額10万円という同じ条件でも、売上高の小さい区分で製造業が65,960円、物流業が175,890円、アプリ開発を行うIT関連のサービス業が1,275,220円と示されています。AI専用の保険については、補償上限額も保険料も公表されていないため、代理店を通して個別に確認する必要があります。
AIを使っていると申告すると、保険料は上がりますか
申告の項目や保険料への反映のしかたは商品ごとに異なり、公表されている資料からは一律には読めません。確実に言えるのは、申告しなかった場合のほうが危ないということです。告知や通知の内容と事実が違っていた場合、契約が解除されたり保険金が支払われなかったりすることがあると明記されています。対策の状況を申告するほど保険料が下がる仕組みがある以上、隠すより整えて出すほうが得になります。
まとめ
AIの事故に保険が効くかどうかは、損害の大きさではなく、約款に並んだ入口の言葉に当たるかどうかで先に決まります。サイバー保険の入口は、サイバー攻撃、デジタルコンテンツ不当事由、情報の漏えいまたはそのおそれ、ITユーザー業務による偶然な事由、といった言葉です。情報が外に出た型と、著作権や商標権に触れた型は、この並びに名前があるので届きます。後始末に出ていった費用も、項目を細かく並べたうえで拾われます。一方で、販売分析や販売予測の過誤、結果を保証したことによって加重された賠償、テストを実施していない、あるいは正式使用後10日以内のソフトウェアの瑕疵による営業阻害は、免責として名指しされています。罰金や課徴金や違約金は、そもそも損害賠償金の定義に入っていません。国内で最初に出たAI専用の保険が補償するのも、調査費用、法律相談費用、再発防止費用、記者会見と社告の費用、被害者への見舞金という5つの費用で、減った売上や賠償金そのものは並んでいません。引受けでは数十項目を答え、対策の状況が保険料に効き、利用範囲が変わったら通知が要ります。そして事故の日に、承認を得ずに賠償責任を認めると保険が消えることがあります。信用の毀損のように、どう組み合わせても残る損害は必ずあります。まずは、いま入っている保険の約款を開いて、保険金を支払う場合の条文に並んだ言葉を書き出すところから始めてみてください。
※本記事にはAIが活用されています。編集者が確認・編集し、可能な限り正確で最新の情報を提供するよう努めておりますが、情報の完全性、正確性、最新性、有用性等について保証するものではありません。本記事の内容に基づいて行動を取る場合は、読者ご自身の責任で行っていただくようお願いいたします。
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