コンプライアンス研修をAIで作り直す|毎年同じ教材から抜ける

「去年の教材の日付だけ直して配っている。受講率は100%に近いのに、現場で起きる事案は減らない」「法改正のたびに教材を全部直す余力がない。AIで作り直せと言われても、社内の事案を入れてよいのか分からない」。法務やコンプライアンス部門の責任者から、毎年のように聞く声です。どちらの声も、研修を実施すること自体はできている点で共通しています。足りないのは実施ではありません。本当は、教材を毎年作り直せる仕組みと、そのときに人が決める線が欠けているのです。この記事では、毎年同じ教材になる原因をほどき、事例問題・部署別の言い換え・理解度の設問・受講後の質問への一次回答を生成AIで作り直す手順と、AIに決めさせない範囲を整理します。
カメ先生コンプライアンス研修が形だけになるのは、社員の意識が低いからだと思われがちなんだけど、本当は、教材が自社の仕事の場面とつながっていないからなんだ。
カメ子条文を説明されても、自分の仕事のどこで関係するのかが分からない、ということですか。
カメ先生そう。だから事例問題を社内の実情から作り直す。その下書きの手間をAIで減らすわけだ。ただし、正解がどれか、社内の事案を教材に使ってよいか、どこまでできたら修了かは、法務の人が決める。
カメ子AIが作るのは下書きで、正しさを決めるのは人なんですね。
- 毎年同じ教材になる原因は、条文の順に並んだ構成、自社の仕事と重ならない事例、作り直す手間の3つにある
- 事例問題・部署別の言い換え・理解度の設問と解説・受講後の質問への一次回答は、AIに下書きさせて手間を減らせる
- 出題の正誤、社内事案を教材に使うか、修了の基準はAIに決めさせない。社内事案は人名・取引先・金額を伏せてから入れる
AIの導入・活用、何から始めるべきかお悩みですか?
デボノはアカウント開設・初期設定など「そもそものAI導入」から社内定着まで伴走支援。マーケティング活用など一歩進んだご相談にも対応します。
実施はできているのに、受講が作業になっている
まず数字で現状を見ます。イー・コミュニケーションズが2026年1月に公表した調査では、従業員1,000名以上の大企業の経営者・役員108名のうち、コンプライアンス教育を実施している企業は89.8%でした。一方で、教育に課題を感じている企業は72.2%にのぼります。課題の上位に並んだのは「毎年同じ内容の繰り返し」「教育内容が従業員に定着しない」「教育効果の測定・評価が難しい」で、いずれも31.4%でした。
受講する側の受け止めを示す数字もあります。リスキルが2026年3月に公表した人事担当者413名への調査では、コンプライアンス教育の効果を実感できていない層に理由を聞くと、「受講すること自体が目的(作業)になり、形骸化しているから」が62.8%で最多でした。「実施が一時的で、内容が定着せず忘れてしまう」も44.9%あります。実施率が高いことと、中身が届いていることは別の話だと、数字が示しています。
この2つの調査を並べると、問題の場所が見えてきます。研修を行う体制はほとんどの大企業にあり、受講の記録も取れています。崩れているのは教材の中身の側で、毎年ほぼ同じ内容が配られ、受講者はそれを作業として片づけている。直すべきは実施の仕組みより、教材を作り直す仕組みです。
この記事が扱う範囲も先に決めておきます。対象は、情報管理、個人情報、取引の決まり、ハラスメント防止など、法令と社内規程を毎年教える研修です。研修を集合で行うか短い単元に分けるかといった届け方の形式や、受講記録の管理の仕方には入りません。生成AIの社内利用ルールそのものを現場に届ける方法は、別の記事「AIの規程を現場に届ける項目一覧」で扱っています。
原因1:教材が条文の順に並んでいる
毎年同じ教材になる1つ目の原因は、教材の組み立てが法令や規程の条文の順になっていることです。第1章で法律の目的、第2章で定義、第3章で禁止事項、という並びは、作る側にとっては漏れがなく安心できます。しかし受講者にとっては、自分の仕事のどの場面で何に気をつければよいのかが最後まで分かりません。
条文の順の教材は、改定の手間も大きくします。法改正があると、該当する条文の説明を差し替え、前後の章とのつながりを直し、確認テストも直すことになります。手間がかかるので、改正のない年は前年の教材をそのまま使い、改正のある年だけ最小限を直す、という運用に落ち着きます。これが「毎年同じ内容」の正体の1つです。
受講者の記憶の仕組みから見ても、条文の順は不利です。人は「定義」や「禁止事項」という見出しで覚えるのではなく、「見積もりを出すときに相手から値下げを迫られた」「取引先から個人の名刺の束を受け取った」といった場面で思い出します。場面と結びついていない知識は、実際にその場面に立ったときに出てきません。
したがって作り直しの出発点は、教材の並び順を条文から場面に組み替えることです。条文の説明は消すのではなく、場面ごとの解説の中で根拠として引く形に移します。教材の主役を条文から、自社の仕事の場面に置き換える。この組み替えは手間がかかりますが、場面の洗い出しと下書きの多くはAIで速くできます。
原因2:事例が社外の一般例で、自社の仕事と重ならない
2つ目の原因は、教材に載っている事例が、研修会社の標準教材や報道された他社の不祥事など、社外の一般的な例にとどまっていることです。一般例は誰にでも当てはまる形に整えられているぶん、自社の取引の形、使っている仕組み、部署の役割とは細部が合いません。受講者は「うちの会社では起きない話」として読み流します。
事例が一般例にとどまる理由は、社内の事案を教材に使う判断が難しいからです。過去に起きた違反や、違反になりかけた出来事は、当事者が社内にいることが多く、取引先の名前も絡みます。そのまま使えば当事者の特定につながり、使わなければ一般例しか残りません。多くの法務部門は、迷った末に使わないほうを選んでいます。
しかし受講者にとっていちばん効くのは、自社で実際に起きた、または起きかけた場面です。同じ部署の誰かが迷った場面を教材で見ると、受講者は自分も同じ場面に立つと想像できます。社内の通報窓口や相談窓口に寄せられた相談、監査で見つかった指摘、ひやりとした出来事の報告は、教材の材料として本来もっとも価値があります。
ここでの解き方は、社内の事案をそのまま使うことでも、使わないことでもなく、伏せたうえで場面だけを取り出して作り替えることです。人名、取引先、金額を伏せ、業種や時期を少し変え、判断が分かれた点だけを残します。この作り替えの下書きはAIが得意な作業ですが、どの事案を材料にしてよいかは、法務の責任者が決めることが前提です。
原因3:作り直す手間と、受講後の質問が戻らない流れ
3つ目の原因は手間です。場面を洗い出し、事例を作り、設問と解説を書き、部署ごとに言い換え、法改正のたびに直す。これを法務部門の少ない人数で毎年行うのは現実的ではありません。コンプライアンス研修は法務の本業の合間に作られることが多く、契約審査や相談対応が立て込む時期と重なると、教材の更新は後回しになります。
手間と並ぶもう1つの穴が、受講後に出た質問が教材に戻ってこないことです。研修のあとには「この場合は取引先に伝えてよいのか」「この程度の贈答なら受け取ってよいのか」といった質問が個別に法務へ届きます。その答えはメールや面談で返されて終わり、翌年の教材には反映されません。受講者がどこで迷ったかという、もっとも貴重な記録が捨てられています。
質問が戻らないと、教材はさらに現場から離れます。現場が迷う場面は年ごとに変わります。新しい取引の形、新しい仕組みの導入、組織の変更があるたびに、迷い方も変わります。質問の記録を拾っていれば次の教材の事例になったはずの場面が、毎年少しずつ失われていきます。
この3つの原因を並べると、対策の方向がそろいます。並び順を場面に組み替え、社内の事案を伏せて事例にし、受講後の質問を次の教材に戻す。どれも人の手だけでは重い作業ですが、読む・整理する・下書きする部分をAIに任せれば、法務の時間は判断に集中できます。以下で、作り直しの全体像から順に見ていきます。
作り直しの全体像:AIに任せる下書きと、人が決めること
作り直しの作業を、材料の準備、事例問題、部署別の言い換え、理解度の設問、受講後の質問対応、教材の見直しの6つに分けます。それぞれに、AIに下書きさせてよい部分と、人が決めなければならない部分があります。先に表で全体を見ておくと、どこで法務の時間を使うべきかがはっきりします。
| 作業 | AIに下書きさせる部分 | 人が決めること |
|---|---|---|
| 材料の準備 | 社内規程・過去の相談記録から、場面の候補を洗い出す | どの事案を材料にしてよいか、伏せる範囲 |
| 事例問題 | 伏せた事案をもとに、場面の文章と選択肢を作る | その場面での正しい判断と、根拠の条文 |
| 部署別の言い換え | 同じ論点を、部署ごとの仕事の場面に書き換える | どの部署にどの論点を当てるか |
| 理解度の設問と解説 | 設問・選択肢・解説の文章 | 出題の正誤、修了の基準 |
| 受講後の質問対応 | 規程を根拠にした一次回答の下書き | 答えてよい質問の範囲、法務へ戻す線 |
| 教材の見直し | 質問の記録と法改正の情報から、直す候補を並べる | どこを直すか、いつ直すか |
表の右の列は、どれも法務の専門的な判断か、会社としての決定です。AIには判断させず、根拠を書かせ、人が確認する範囲を先に決めておく。この3つを守るだけで、AIの下書きを研修に使える水準に保てます。逆に右の列までAIに任せると、もっともらしいが根拠のない解説が全社に配られることになります。
使うAIの仕組みにも1つ条件があります。社内規程や伏せた事案を入力するので、入力した内容が学習に使われない設定の法人向けの環境を使うことです。個人で契約したサービスや、設定を確かめていない無料のサービスに規程を貼り付ける運用は避けます。使える環境と入力してよい情報の区分は、社内の利用ルールに合わせます。
始める範囲は、6つ全部ではなく1つの研修テーマからにします。たとえば情報管理の研修だけを対象に、材料の準備から事例問題、設問までを一度通してみる。そこで伏せ方の手間や、AIの下書きをどれだけ直したかを記録しておくと、ほかのテーマに広げるときの見積もりになります。
社内事案をAIに入れる前の伏せ方:人名・取引先・金額
社内の事案を材料にする前に、必ず伏せる作業を挟みます。個人情報保護委員会は2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、事業者が個人情報を含む指示を生成AIに入力する場合は、利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確かめるよう求めています。本人の同意なく個人データを入力し、それが応答の出力以外の目的で扱われる場合は、法律に違反するおそれがあるとも述べています。
伏せる対象は3つに分けて考えます。1つ目は人名で、当事者、上長、相談者、通報者の名前に加え、役職と部署の組み合わせで人が分かる書き方も伏せます。「営業二部の課長」のように、該当者が1人しかいない書き方は名前と同じです。2つ目は取引先で、社名だけでなく、業種と所在地と取引の規模を組み合わせると特定できる場合があります。
3つ目は金額です。値引きの額、接待の費用、損害の額などは、社内では事案を特定する手がかりになります。教材で必要なのは金額そのものではなく、「社内規程の上限を超えていたか」という関係なので、「上限の2倍ほど」のように関係だけを残します。伏せた後でも、判断が分かれた点だけは残すことが、教材として使える形にする要です。
伏せる作業そのものは、AIに入れる前に人が行います。AIに伏せさせると、伏せる前の原文をAIに渡すことになるからです。伏せた文章は、事案を知らない別の担当者に読んでもらい、誰の話か想像できないかを確かめます。伏せる項目の細かな一覧と消しすぎの線は、別の記事「AIに渡す前に伏せる項目一覧」で扱っています。
- 個人情報の扱いの考え方は、個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)に基づきます
- 通報窓口に寄せられた相談を材料にする場合は、通報者の保護の観点から、社内の規程で材料にしてよい範囲を先に決めてください
事例問題を社内の実情から作り直す手順
伏せた材料がそろったら、事例問題を作ります。事例問題とは、仕事の場面を数行で示し、「あなたならどうするか」を選ばせる問題です。条文の知識を問う問題と違い、受講者は自分の判断を一度言葉にしなければなりません。この形にすると、知っているのに行動できない、というずれが見えるようになります。
社内規程と、伏せた相談記録・監査の指摘をAIに渡し、受講者が判断に迷いそうな場面を10件ほど挙げさせます。場面ごとに、関係する規程の条項を必ず添えさせます。
挙がった候補から、今年の研修で扱う場面を法務の責任者が選びます。現場で実際に迷いが多かった場面と、法改正で判断が変わった場面を優先します。
選んだ場面ごとに、4〜6行の場面の文章と、3〜4個の選択肢をAIに下書きさせます。誤りの選択肢には、現場で実際に起きる勘違いを入れるよう指示します。
どの選択肢が正しいか、その根拠となる条文と社内規程の条項を、法務の担当者が決めて書き込みます。AIの下書きにある正解は参考にとどめます。
完成した問題を、作成に関わっていない担当者に解いてもらい、場面が伝わるか、誰の話か特定できないか、正解が1つに定まるかを確かめます。
この手順で大事なのは、手順2と手順4を飛ばさないことです。場面を選ぶのも正解を決めるのも、法務の責任者です。AIに任せれば速くなるのは手順1と手順3で、ここで作業の大半の時間が減ります。AIの下書きは場面の文章としては整っていても、選択肢の正誤が条文と合わないことがあるので、手順4の確認は省けません。
誤りの選択肢の作り方にも工夫があります。よくある誤答は「明らかに悪い行為」を選択肢に並べることで、これでは誰も間違えず、研修は簡単な作業になります。誤りの選択肢には、善意から出た判断を入れるのが効きます。「取引先との関係を考えて、相手の求めに応じて書類の日付を合わせた」のように、本人は会社のためと思っている行動です。
AIで作った事例問題に起きやすい誤り
AIの下書きをそのまま使うと、次のような誤りが入り込みます。いずれも文章としては自然なので、読み流すと気づきにくいものです。確認の担当者は、文章の読みやすさではなく、ここに挙げた点を順に見ていきます。
- 改正前の条文や、古い社内規程の条項番号を根拠として書いている
- 選択肢の正解が、会社の規程ではなく一般的な法律の解説に沿って決められている
- 伏せたはずの事案に、部署名と時期の組み合わせなど、当事者が分かる手がかりが残っている
- 正解の解説に、条文にない要件や数値をもっともらしく付け足している
- どの選択肢も正解に読める場面になっており、判断の分かれ目が消えている
とくに注意したいのは、改正前の条文が根拠として書かれる誤りです。生成AIは学習した時点までの情報で文章を作るため、施行されたばかりの改正法の内容を知らないか、古い内容と混ぜて書くことがあります。根拠の条文は、AIの答えからではなく原文から引き直すことを確認の手順に入れておきます。
もう1つ見落とされやすいのが、会社の規程より厳しい、または緩い基準が正解として書かれる誤りです。たとえば贈答の受け取りの上限は会社ごとに違いますが、AIは一般的な目安を書いてしまうことがあります。これを避けるには、下書きを頼む段階で自社の規程の該当条項を渡し、規程にない基準は書かず「規程に定めなし」と返すよう指示します。
確認にかかる時間も見積もっておきます。事例問題1問ごとに、条文の照合、規程の照合、特定できないかの確認の3つを行います。最初の年は1問あたりの確認に時間がかかりますが、根拠の条文を一覧にしておけば、翌年からは差分だけを見ればよくなります。確認の記録は、誰がいつ何を確かめたかを問題ごとに残します。
部署別の言い換え:同じ論点を、部署の場面で問う
同じ規程でも、どの場面で問題になるかは部署によって違います。たとえば個人情報の扱いなら、営業では名刺や問い合わせの情報、人事では応募者や従業員の情報、開発では試験用のデータ、経理では支払先の口座情報が主な場面になります。全社で同じ事例を配ると、多くの部署にとっては自分と関係のない話になります。
ここでAIが役に立ちます。論点と正解の判断を1つ決めたうえで、それを部署ごとの仕事の場面に書き換えた事例をAIに下書きさせます。変えるのは場面の描き方だけで、正解の判断と根拠は変えない、と指示に明記します。こうすると、1つの論点から部署の数だけ事例ができ、手間は大きく減ります。
| 論点 | 営業の場面 | 購買の場面 | 管理部門の場面 |
|---|---|---|---|
| 取引先の情報の扱い | 前の勤務先の顧客名簿を持ち込もうとする同僚 | 見積もりの比較で、他社の提示額を別の取引先に伝える | 取引先の担当者の連絡先を、社外の催しの案内に使う |
| 取引の決まり | 大口の受注のため、規程を超える値引きを口頭で約束する | 発注の後で、協議をせずに単価を下げるよう求める | 支払いの期日を、社内の都合で一方的に延ばす |
| 職場での言動 | 取引先の接待の席での発言 | 仕入先の担当者への強い口調の要求 | 部下の評価面談での言葉づかい |
表の最後の行のように、ハラスメント防止の論点も部署別の場面に書き換えられます。ただし、どの部署にどの論点を当てるかは、AIではなく法務が決めます。部署ごとの相談の記録や監査の指摘を見て、その部署で実際に迷いが多い論点を選びます。部署ごとに当てる論点の選定は、記録を見た人が決めることが、言い換えを形だけにしない線です。
法改正を事例問題に落とす:取適法を例に
法改正の年は、改正の内容を事例問題に落とし込む好機です。例として、下請法の改正を見ます。公正取引委員会によれば、下請法は「中小受託取引適正化法」(取適法)に改められ、2026年1月1日に施行されました。用語も「親事業者」が「委託事業者」に、「下請事業者」が「中小受託事業者」に変わっています。
改正点には、現場の判断に直結するものが含まれます。従業員の数による基準が加わり、対象となる取引の範囲が広がりました。協議を求められても応じずに一方的に価格を決めること、手形で支払うこと、振込手数料を中小受託事業者に負担させることが禁止されています。購買や発注の担当者が日常的に行っている作業に、直接かかわる改正です。
これを条文の説明として教えると、「対象が広がった」「禁止が増えた」で終わります。事例問題にするなら、「長く取引している小さな委託先から、原材料の値上がりを理由に単価の見直しを求められた。予算が厳しいので、返事をせずに従来の単価で発注を続けた」のような場面を置きます。受講者は、この対応が何に当たるかを考えることになります。
この落とし込みでAIに任せてよいのは、改正点の一覧を渡したうえでの場面の下書きまでです。改正の内容と施行日は、AIの答えではなく所管官庁の原文で確かめてから教材に書きます。法改正の事例は、原文で施行日と改正点を確かめてから作る。施行前の研修では、施行日を明記し、それまでは現行の規律が適用されることも書いておきます。
理解度の設問と解説:正誤を決めるのは人
研修の最後に置く理解度の設問も、作り直しの対象です。毎年同じ設問を使っていると、受講者の間で答えが共有され、確認の意味がなくなります。設問をAIで毎年作り直せば、この問題は避けられます。事例問題と同じく、AIには設問・選択肢・解説の文章を下書きさせ、正誤は人が決めます。
設問の作り方で効くのは、知識ではなく判断の分かれ目を問うことです。「取適法の施行日はいつか」を問うより、「次の対応のうち、協議に応じない一方的な価格決定に当たるものはどれか」を問うほうが、現場で使える力を確かめられます。設問の狙いは、どこで判断を誤りやすいかを受講者自身に気づかせることに置きます。
解説の文章もAIの下書きが役立つ所です。正解の理由だけでなく、誤りの選択肢を選んだ人がなぜそう考えたのか、その考えのどこがずれているのかを書かせます。ただし解説の根拠は、条文と社内規程の条項を人が確かめて書き込みます。解説に根拠の条項がない設問は、配布前に差し戻します。
修了の基準は、AIの下書きとは切り離して法務が決めます。何問正解すれば修了とするか、誤答の多かった受講者に何をするか、といった線は、会社の方針と、監査や取引先から求められる説明に合わせて決める事柄です。修了の定義や受講記録の扱いは、学習管理の仕組みの側の話になるので、本稿ではこれ以上は立ち入りません。
受講後の質問への一次回答:規程を根拠に答えさせる
研修のあとに届く個別の質問は、法務の時間を大きく使います。多くは「研修で聞いた内容は、この場合にも当てはまるか」という当てはめの質問です。ここでAIに一次回答の下書きを作らせると、法務の担当者は下書きを確かめて返すだけになり、返答までの時間が短くなります。
一次回答の下書きで守らせることは1つです。答えには必ず、根拠となる社内規程の条項と、研修の教材のどの事例に当たるかを書かせる。根拠を示せない質問には、答えずに「法務へ確認します」と返させます。こうすると、AIが一般論で答えを作ることを防げ、担当者も根拠の条項を見ればすぐに確かめられます。
一次回答は、最初は担当者が確かめてから返す形にします。研修直後の数週間は質問が集中するので、この期間に下書きの正しさを記録しておくと、どの種類の質問なら下書きがほぼそのまま使えるかが分かってきます。社内の問い合わせ全般をAIで受ける仕組みの作り方は、別の記事「社内の問い合わせをAIで受ける5工程」で扱っています。
受講後の質問は、記録として残すこと自体に価値があります。質問の文面を伏せたうえで、どの事例に関する質問か、どの部署から来たか、下書きのままで返せたか、直したかを1行ずつ記録します。この記録が、翌年の事例問題の材料になります。原因3で見た「質問が教材に戻らない」流れは、ここで断ち切れます。
一次回答で答えさせない質問と、法務へ戻す線
受講後の質問の中には、AIの一次回答に乗せてはいけないものがあります。代表は、すでに起きた出来事について「これは違反ですか」と尋ねる質問です。これは研修の内容の確認ではなく、事案の相談です。下書きで答えを返すと、本人がそれを会社の判断として受け取り、対応を誤るおそれがあります。
- すでに起きた出来事について、違反に当たるかを尋ねている
- 特定の人物や取引先の名前が書かれている
- 社内規程に定めがなく、法令の解釈が分かれる
- 社外への説明や、取引先への回答の文面を求めている
- 通報や申告にあたる内容が含まれている
このどれかに当たる質問は、AIの下書きを作らずに法務の担当者へ直接回します。判定に迷ったときは、答えない側に倒すのが原則です。とくに通報にあたる内容は、社内の通報窓口の手続きに乗せる必要があり、研修の質問として扱うと通報者の保護の手順から外れてしまいます。
この線は、受講者にも事前に伝えておきます。研修の最後に、質問の窓口で答えられることと答えられないこと、事案の相談は別の窓口に、という案内を置きます。線が見えていれば、受講者は窓口を使い分けられます。案内の文面そのものもAIで下書きできますが、窓口の名前と連絡先は人が確かめて入れます。
AIに決めさせない3つ:出題の正誤・事案の扱い・修了の基準
ここまでの作業の中で、AIに決めさせてはいけないことを改めて3つにまとめます。1つ目は出題の正誤です。事例問題と設問の正解は、法令と社内規程の解釈そのものであり、誤れば全社に誤った判断を教えることになります。AIの下書きにある正解は参考として扱い、最終の正誤は法務の担当者が根拠の条項とともに決めます。
2つ目は、社内事案を教材に使うかどうかです。事案を材料にすれば教材は格段に効きますが、当事者の特定、通報者の保護、取引先との関係といった判断が伴います。どの事案を使い、どこまで伏せるかは、法務の責任者が決めて記録に残す事柄で、AIに候補を挙げさせることはあっても選ばせはしません。
3つ目は修了の基準です。何をもって研修を終えたとするかは、会社として社内外に説明する線になります。監査や取引先の調査で研修の実施を問われたとき、説明するのは会社です。AIが出した採点結果をそのまま修了の判定にするのではなく、基準は人が決め、AIは集計の下書きにとどめます。
この3つを守ると、AIを使う範囲は「読む・整理する・下書きする」に限られます。範囲が狭く見えるかもしれませんが、研修づくりの手間の大半はこの部分にあります。判断は人に残し、手間のかかる下書きだけをAIに渡す。この線を研修の作成手順として文書にしておくと、担当者が替わっても同じ品質で作り直せます。
教材の見直しの周期:3つのきっかけで直す
作り直した教材も、放っておけばまた毎年同じ教材に戻ります。そこで、見直しを決まった時期だけでなく、きっかけで行う仕組みにします。きっかけは3つです。1つ目は法改正と社内規程の改定、2つ目は社内で起きた事案や監査の指摘、3つ目は受講後の質問の記録で同じ種類の迷いが重なったときです。
3つのきっかけのうち、AIが役立つのは情報を集めて並べる部分です。受講後の質問の記録を渡して、どの事例に関する質問が多いか、どの部署から同じ迷いが出ているかを集計させます。法改正の情報は、所管官庁の公表を人が確かめたうえで、影響を受ける事例問題の候補をAIに挙げさせます。どこを直すかを決めるのは、並んだ候補を見た法務の担当者です。
年に1回は、教材全体の棚卸しも行います。各事例問題について、根拠の条文が最新か、伏せ方に緩みがないか、正答率が極端に高く確認の意味を失っていないかを見ます。ほぼ全員が正解する問題は、判断の分かれ目が消えている可能性があるので、誤りの選択肢を作り直す候補にします。
見直しの記録も残します。いつ、どのきっかけで、どの事例を直したかを一覧にしておくと、監査や取引先の調査で研修の中身を問われたときに説明できます。教材の版と、直した理由を対にして残す。この記録自体が、研修が毎年作り直されていることの裏付けにもなります。
よくある質問
Q. 社内の事案が少ない会社でも、事例問題は作れますか。
作れます。社内の事案がなくても、受講後の質問や、各部署の担当者への聞き取りで「迷ったことのある場面」を集められます。それも少ない場合は、社外の一般例をAIに渡し、自社の取引の形と部署の仕事に合わせて場面を書き換えさせます。正解と根拠は、自社の規程に照らして法務が決めます。
Q. 研修会社の標準教材を使っている場合は、どこから手を付けますか。
標準教材の解説はそのまま生かし、事例問題と設問だけを社内の実情に合わせて作り替えるのが始めやすい形です。教材の著作権と改変の可否は契約で決まっているので、作り替える前に研修会社との契約を確かめてください。
Q. AIの下書きを確かめる時間が取れない場合は、どうしますか。
確かめる範囲を絞ります。事例問題の数を減らし、その分、1問ごとの正誤と根拠の確認は必ず行います。確かめていない下書きを配ることだけは避けてください。誤った正解が全社に配られると、研修を行わない場合より悪い結果になります。
Q. ハラスメント防止の研修にも同じやり方は使えますか。
事例問題と部署別の言い換えの作り方は使えます。ただし、ハラスメントの相談は当事者の心情や人事上の措置と深く結びつくため、社内事案を材料にする判断は、法務だけでなく人事の責任者とも一緒に行ってください。
まとめ
コンプライアンス研修が毎年同じ教材になり、受講が作業になる原因は、条文の順に並んだ構成、自社の仕事と重ならない事例、作り直す手間と受講後の質問が戻らない流れの3つにあります。対策は、教材の主役を自社の仕事の場面に置き換え、社内事案を人名・取引先・金額を伏せてから事例問題に作り替え、部署ごとに場面を言い換え、受講後の質問を記録して次の教材に戻すことです。場面の洗い出し、事例問題と設問と解説の文章、部署別の言い換え、一次回答の下書きはAIに任せられます。出題の正誤、社内事案を教材に使うか、修了の基準は、法務の責任者が決めてください。
※本記事にはAIが活用されています。編集者が確認・編集し、可能な限り正確で最新の情報を提供するよう努めておりますが、情報の完全性、正確性、最新性、有用性等について保証するものではありません。本記事の内容に基づいて行動を取る場合は、読者ご自身の責任で行っていただくようお願いいたします。
AIの導入・活用、何から始めるべきかお悩みですか?
デボノはアカウント開設・初期設定など「そもそものAI導入」から社内定着まで伴走支援。マーケティング活用など一歩進んだご相談にも対応します。
