サイバーセキュリティ経営ガイドラインとは?|AIで増える宿題

サイバーセキュリティ経営ガイドラインとは?|AIで増える宿題

独立行政法人情報処理推進機構が2026年1月29日に決めた「情報セキュリティ10大脅威 2026」の組織向けの3位に、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が入りました。2016年から続く一覧で、この脅威は初選出です。同じ表の1位は11年連続11回目のランサム攻撃、2位は8年連続8回目のサプライチェーンや委託先を狙った攻撃。上位2つが何年も動かないまま、3番目にだけ新しい顔が挟まった年でした。「社内で生成AIを使い始めたので、セキュリティの方針も作り直しになりますか」「経営会議の資料の下敷きにあの経営ガイドラインを使いたいのですが、AIの話がどこにも載っていません」——経営会議に出す資料を用意する段で、同時に浮かび上がる問いです。経済産業省と情報処理推進機構がまとめた文書に生成AIの記述が無いのは事実です。けれどそれは、この文書が古びたという意味ではありませんこの文書は対策の一覧ではなく、経営者が担当幹部に出す指示の一覧なので、指示の数は変わらず、指示の中身に確かめる項目が増えるという関係になります。この記事では、3原則と重要10項目を原文の見出しのまま並べ、生成AIを業務に入れた会社でそれぞれが何に読み替わるかを、一つずつ整理します。


カメ先生カメ先生

この文書は対策の教科書だと思われがちですが、中身は指示書のひな型です。経営者が担当幹部に何を指示するかだけが書いてあって、どう実装するかはほとんど書いていません。


カメ子カメ子

対策の手順書ではない、ということですか。


カメ先生カメ先生

実装の手順は別の資料に譲る作りになっています。だから技術が新しくなっても指示の骨格は動きません。生成AIが広まっても、指示の数は10のままで、10それぞれの中に確かめる項目が足されていきます。


カメ子カメ子

11番目の指示が増えるのではなく、10の中がそれぞれ厚くなるということでしょうか。


この記事のポイント
  • 最新版は2023年3月24日公開のVer3.0。表紙と目次を含めて53ページの本体に、生成AI・人工知能・AIという語は1つも出てこない。機械学習が指示4の対策例に1回だけ出る
  • 増えるのは指示の数ではなく、10の指示それぞれの確かめる項目。とくに付録Aの確認項目「組織内でシャドーITを利用させない対策」が、そのままシャドーAIの欄になる
  • AIに任せてよいのは現状の棚卸しの下書きと、規程と指示事項の差分の抽出まで。どの指示を出すか、いくら投資するか、公表するか、止めるかは経営者が決める

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目次

AIが3位に入った年に、経営の側の文書には何が書かれているか

10大脅威の順位は、情報処理推進機構が脅威候補を選び、情報セキュリティ分野の研究者や企業の実務担当者など約250名の選考会が審議と投票を経て決めています。3位に入った「AIの利用をめぐるサイバーリスク」の中身は、大きく3つに分かれます。職場の許可なくAIを業務に使って情報が漏れる筋、実在しない情報を対話型のAIが作ってしまう筋、そして攻撃する側がAIを助力に得て、手口の水準と数が上がる筋です。3つのうち最初の2つは、攻撃されて起きるものではありません。自社の使い方から起きます。

解説書が引いている米国の調査の数字が、この性質をよく表しています。業務で生成AIにデータを貼り付けて指示文として入力している利用者が77%おり、そのうち82%が組織に管理されていないアカウントによるものだった、というものです。8割が管理外という比率は、防御の技術が足りないという話ではなく、指示が出ていない領域が広いという話として読むほうが正確です。誰も禁止していないから使われているのではなく、使ってよい道具と経路が示されていないから、各自が手近な入口を選んでいる状態です。

同じ解説書のコラムは、AIとサイバーセキュリティの関係について踏み込んだ書き方をしています。AI固有の弱点を突く攻撃はあるとしたうえで、「それ以外の事例の大部分は、従来と変わらないサイバー攻撃がAIによって半自動化・高速化されているといったものに留まります。このため、従来のサイバーセキュリティ対策が有効です」。つまり、AI向けの新しい枠組みを一から作れという結論にはなっていません。既にある経営の文書を捨てずに、確かめる項目を足していく作業になります。その足し先が、これから見る3原則と重要10項目です。

サイバーセキュリティ経営ガイドラインとは。誰が誰に何を出す文書か

この文書は経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構が策定しています。2015年12月28日のVer1.0、2017年11月16日のVer2.0を経て、現在の最新版は2023年3月24日公開のVer3.0です。経済産業省のページは今もVer3.0を最新版として掲げており、本体はPDFで53ページ、これに付録が付きます。対象は原文で「大企業及び中小企業(小規模事業者を除く)の経営者」とされ、内容は「経営者が認識する必要がある3原則」と、「サイバーセキュリティ対策を実施する上での責任者となる担当幹部に指示すべき重要10項目」の2本立てです。

大事なのは、10項目が対策の一覧ではなく指示事項の一覧だという点です。原文の脚注は、ここでいう指示が情報技術の統治に関する日本産業規格でいう指示と同じ意味だと断ったうえで、「担当者に丸投げしてしまうことではなく、実践の結果を確認する責任を負う」と書いています。概要の章にも「担当者への丸投げは許されるものではない」という一文があります。出して終わりではなく、出した結果を確かめるところまでが指示に含まれるという設計です。

この文書がなぜ経営会議で持ち出されるのかも、原文に理由が書かれています。概要の章は、意思決定機関が決めた体制が組織の規模や業務内容に照らして適切でなかったために情報の漏えいなどで損害が生じた場合、「善管注意義務違反や任務懈怠に基づく損害賠償責任を問われ得る」と述べています。問われると断定しているのではなく、問われ得る、という書き方です。そのうえで対策を費用ではなく「投資」と位置づけることが重要だとしています。なお、事業者向けのAIの指針は総務省と経済産業省が別に出しており、本記事で扱う10項目とは別の文書です。混ぜて引用すると出典がずれます。

原典を数えると、生成AIという語は一度も出てこない

確かめておくべき事実があります。Ver3.0の本体53ページを全文で取り出して数えると、「生成AI」も「人工知能」も「AI」も0件でした。唯一AIに寄った記述は、指示4の対策例にある1文だけです。「サイバー攻撃以外のリスクとして偽情報、機械学習における誤判断、海外での法令違反等も考慮する」。機械学習という語は本体でここに1回出るきりで、経済産業省のページに並ぶ付録にも、生成AIを扱ったものはありません。情報処理推進機構が出している実践のためのプラクティス集も、最新の第4版が2023年10月31日発行の136ページで、こちらにも生成AIの記述はありません。

この事実の受け取り方を、二方向とも外さないようにします。「AIのことはこの文書に書いてある」と言えば外れます。書かれていないからです。反対に「書いていないから関係ない」と言っても外れます。根拠は付録Eの用語定義にあります。この文書はサプライチェーンを定義して、「クラウドサービスなど外部のデジタルサービスの利用や、APIを介したシステム同士の連携などもサプライチェーンに含まれる」と明記しています。外部のAIサービスを業務で使った時点で、それは指示9が指すつながりの中に入る。名指しされていないだけで、対象からは外れていません。

引用するときの実務的な注意も1つ。第3章の指示の見出しと、付録Dにある規格との対応表の行見出しは、指示5・8・9・10で語が一部食い違います。たとえば付録Dの表では指示10が「情報共有活動への参加を通じた攻撃情報の入手とその有効活用及び提供」となっており、第3章の「サイバーセキュリティに関する情報の収集、共有及び開示の促進」とは違う文言です。社内資料に転記するなら第3章の表記に揃えてください。

  • 本記事は2026年9月時点の公表資料に基づいています。版が上がれば指示の文言も変わり得ます
  • 指示6の見出しは原文が英字4文字の略語を使っているため、本記事では「計画・実行・確認・改善の循環」と日本語に置き換えて表記しています
  • 10大脅威の数字は解説書が外部の調査を引用した値です。調査対象と時期が自社と一致するとは限りません

3原則は、AIを入れた会社で何に読み替わるか

原則の1つ目は、「経営者は、サイバーセキュリティリスクが自社のリスクマネジメントにおける重要課題であることを認識し、自らのリーダーシップのもとで対策を進めることが必要」。生成AIを入れた会社でここが崩れるのは、AIの導入予算とセキュリティの予算が、別々の稟議で別々の時期に走るときです。利用料の稟議は事業部門から、利用状況を見る仕組みの稟議は情報システム部門から上がり、後者だけが翌期に回る。経営リスクとして一体で見るとは、この2つを同じ会議で見ることを指します。

2つ目は、自社だけでなく国内外の拠点、取引先や委託先を含めた「サプライチェーン全体にわたるサイバーセキュリティ対策への目配りが必要」。AIでは、見る先が2段深くなります。契約している相手の先に、モデルを提供している事業者がいて、その手前に自社が接続した外部の道具が並ぶためです。1段目だけ確認して終わると、止まったときと漏れたときに、誰に連絡すればよいかが分からない状態になります。

3つ目は「平時及び緊急時のいずれにおいても、効果的なサイバーセキュリティ対策を実施するためには、関係者との積極的なコミュニケーションが必要」。AIで増える宿題は、事故の説明ではなく誤った出力が外に出たときの説明のほうです。攻撃を受けていないのに謝る場面が生まれます。平時から、生成物をどう確認して世に出しているかを言える状態にしておくかどうかで、その日の説明の重さが変わります。

重要10項目は、対策の一覧ではなく指示の一覧である

ここから10項目を1つずつ見ていきます。先に全体を並べておくと、増える宿題の性質が見えます。左の欄が原文の指示事項、右の欄が生成AIを業務に入れた会社で足すことになる確認です。右の欄はいずれも新しい規程ではなく、既にある文書に足す1行や2行です

指示原文の指示事項(第3章の見出し)生成AIを入れた会社で増える宿題
指示1サイバーセキュリティリスクの認識、組織全体での対応方針の策定基本方針にAIの利用が入っているか。禁止だけでなく使ってよい範囲を書いたか
指示2サイバーセキュリティリスク管理体制の構築AIの検討の場を別立てにせず、既存のリスク管理の体制と整合が取れているか
指示3サイバーセキュリティ対策のための資源(予算、人材等)確保利用料だけでなく、利用状況を見る仕組みと教育の費用を確保したか
指示4サイバーセキュリティリスクの把握とリスク対応に関する計画の策定AIに渡した文面と履歴と生成物を、守るべき情報の所在に足したか
指示5サイバーセキュリティリスクに効果的に対応する仕組みの構築許可していないAIの業務利用を把握できるか。参照させるデータの範囲を決めたか
指示6計画・実行・確認・改善の循環による継続的改善見直しの周期がAI側の変化に追いつくか。使ってよい道具の一覧を別に回すか
指示7インシデント発生時の緊急対応体制の整備AIの側のログを自社で保全できるか。誤出力の申告が上がる経路があるか
指示8インシデントによる被害に備えた事業継続・復旧体制の整備AIが止まった日の代替手段と、いつまでに戻すかを決めたか
指示9ビジネスパートナーや委託先等を含めたサプライチェーン全体の状況把握及び対策変更できない約款を前提に、残るリスクが許容範囲かを確かめたか
指示10サイバーセキュリティに関する情報の収集、共有及び開示の促進AI起点の事案を、何をもって共有と公表の対象とするかを決めたか

指示1 方針を決めて、外に宣言するところまでが指示

指示1の原文は2つに分かれます。リスクを経営リスクとして認識し「組織全体としての対応方針を策定させる」ことと、「策定した対応方針を対外的な宣言として公表させる」ことです。作るだけでなく、外に出すところまでが指示に入っています。対策を怠った場合のシナリオの欄には、形式的に策定するだけでは組織内での対応の責任が明確にならず、効果が期待できないとも書かれています。

生成AIを入れた会社で増える宿題は、文書の置き場所の問題として現れます。多くの会社が、既存の基本方針とは別にAIの利用ルールを作ります。別立て自体は悪くありませんが、別立てにしたまま基本方針側を1行も直さないと、上位の文書に入口が無くなる。外部に説明するとき、基本方針を見た相手はAIの扱いに辿り着けません。基本方針の側に、AIの利用を対象に含む旨と参照先を1行足しておけば足ります。

もう1つ、10大脅威の解説書が経営者層の対策として挙げているのが、利用規定の整備と「規程違反時の対応の明確化」です。ここで実務が割れます。禁止事項だけを列挙した規程は、77%と82%という比率が示した状況、つまり管理外のアカウントでの利用を増やす方向に働きやすい。禁止と同じ分量で、使ってよい道具・入れてよい情報の種類・確認してから出す手順を書くほうが、結果として管理下の利用が増えます。

指示2と指示3 体制の整合と、資源の確保

指示2の原文で見落とされやすいのは2つ目です。「サイバーセキュリティリスクの管理体制の構築にあたっては、組織内のガバナンスや内部統制、その他のリスク管理のための体制との整合を取らせる」。AIの検討会を新設すること自体は問題になりませんが、既存のリスク管理の会議体と報告経路がつながっていないと、この指示の後半を外します。整合とは、同じ事象が2つの会議で別々の結論になったときに、どちらが優先するかが決まっている状態のことです。誰にどの持ち分を置くかという体制の設計そのものは、この記事では扱いません。

指示3は資源です。残るリスクを許容範囲以下に抑える方策を検討させ、実施に必要な予算と人材を確保したうえで具体的な対策に取り組ませる、そして全ての役職員にセキュリティを意識させ、人材育成の施策を実施させる、と書かれています。対策例には「プラス・セキュリティ」という語が出てきます。付録Eの定義は「自らの業務遂行にあたってセキュリティを意識し、必要かつ十分なセキュリティ対策を実現できる能力」。セキュリティの専任者ではなく、事業部門や管理部門の人が身につける能力を指す言葉です。

AIで増えるのは、この教育の中身です。10大脅威の解説書は、AI利用の講習を用意すること、社内の秘密情報を安易に入力しないこと、そして「ユーザーの指示等を正確に反映した結果を出力するとは限らないこと、ハルシネーションが存在することを理解する」ことを並べ、「AIへの過剰な依存に留意する」と続けています。道具の操作を教える研修と、出力を疑う訓練は別物です。前者だけを実施した会社では、使える人は増えますが、確認する人は増えません。

指示4 どこに何があるかを、AIを入れた後の姿で数え直す

指示4は、事業に用いるデジタル環境とサービスと情報を特定させ、そこに対する脅威や影響度からリスクを識別させ、リスク対応計画を策定させたうえで「対応後の残留リスクを識別させる」ものです。対策例には、守るべき情報がどこに保存され、どこで扱われているかを把握し、そのとき「自社の営業秘密を外部のクラウドサービスで管理したり、テレワーク等の新しい働き方を導入したりしていることの影響を適切に反映させる」とあります。この一文の対象に、外部のAIサービスも素直に入ります。

実務でずれるのは、数える単位です。多くの棚卸しは、システムと保管場所を単位に作られています。生成AIを入れると、そこに入力した文面、対話の履歴、取り込ませた社内文書の索引、そして生成物という、システムに紐づかない塊が増えます。とくに社内文書を検索して答えさせる仕組みを入れた会社では、元の文書の閲覧権限と、答えさせる仕組みが読める範囲がずれていないかが、棚卸しの新しい欄になります。

そして本体で唯一のAI寄りの記述が、この指示の対策例にあります。「サイバー攻撃以外のリスクとして偽情報、機械学習における誤判断、海外での法令違反等も考慮する」。短い一文ですが、使い道は大きい。誤判断を、攻撃とは別の枠でリスク対応計画に載せてよい根拠になるからです。AIの出力の誤りは攻撃ではないので、既存のリスク一覧に居場所がありません。この一文を引けば、同じ計画書の中に欄を作れます。

指示5 シャドーITの欄が、そのままシャドーAIの欄になる

指示5は、防御・検知・分析の各機能を実現する仕組みを構築させ、事業環境やリスクの変化に対応するための見直しを実施させる、というものです。この指示の付録Aの確認項目に、そのまま使える1行があります。「組織内でシャドーITを利用させない対策を行っている」。情報処理推進機構の解説書が使っている言葉に置き換えれば、職場でAIサービスが用意されていないときに従業員が個人の利用を業務に持ち込む状態、つまりシャドーAIが、この欄の中身になります。

解説書が挙げている打ち手は、目新しいものではありません。資産管理と構成管理を行い、通信の記録などから利用状況を把握すること。多要素認証を徹底すること。外部サービスを使うときは、入力したデータを学習の対象から外す設定を徹底すること。契約時に約款を確かめること。既存のセキュリティ運用の道具立てで届く範囲がほとんどで、足りないのはどのサービスを許可の対象にするかという決めのほうです。

一方、AI固有で難しい部分もはっきり書かれています。解説書のコラムは、外部から取り込んだデータに紛れ込んだ指示にAIが従ってしまう攻撃について、「AI側で不正プロンプトを見分けてくれればよいのですが、技術的対策で完璧なものは知られていません」としたうえで、「AIが参照するデータが外部由来の危険かもしれないデータで汚染されないようにするといった配慮が必要です」と結んでいます。見分けを道具に期待できない以上、参照させてよいデータの範囲を、人が先に決めて狭めておくのが現実解になります。

  • 社内の全ファイルをまとめてAIに読ませ、権限は後から絞ればよいと考える
  • 外部の公開情報を自動で取り込ませたまま、取り込み元の審査を誰も持たない
  • 許可していないAIの利用を禁止令だけで抑え、利用状況を見る仕組みを作らない
  • 怪しい入力はAIが弾いてくれる前提で、確認する人を置かない

指示6 見直しの周期が、AIの側の速さに追いつかない

指示6は、リスクの変化に対応して継続的に改善させるために、計画・実行・確認・改善の循環を運用させる指示です。経営者は対策の状況を定期的に報告させて問題の早期発見に努め、改善状況を適切に開示させる、とも書かれています。対策を怠った場合のシナリオの欄には、この分野の循環が「自然災害や機器故障等のリスクと比較してリスクが急激に変化することがある点に特徴があり」と明記されています。もともと速い周期を求めている指示だということです。

AIはその速さをさらに一段上げます。10大脅威の解説書のコラムは、英国の国家サイバーセキュリティセンターが2027年にかけてAIがサイバー攻撃の脅威を質と量の両面で増大させると予測していること、修正プログラムの公開から攻撃までの時間差が短くなるおそれがあることを挙げ、「AIの技術はすさまじい速度で発展しており、数か月の内にも状況が変化する可能性が今のところ常にあります」と書いています。年に1回の規程見直しでは、確実に置いていかれます。

現実的な分け方は、周期を2本にすることです。規程そのものは従来どおり年に1回。そのかわり使ってよい道具の一覧と、入れてよい情報の種類だけを別紙にして四半期で回す。本体を開けずに別紙だけ差し替えられる形にしておくと、決裁が軽くなります。指標の側も足せます。原文が挙げている例は、対策をしなかった場合の被害額、サイバーセキュリティに関わる原因によるサービス中断時間、研修の受講率、要員のスキルの自己評価の平均、組織の成熟度の自己評価の平均の5つ。ここに、許可された経路でのAI利用の割合を1つ足すだけで、シャドーAIの動きが四半期ごとに見えます。

指示7と指示8 事故の気づき方と、止まったときの代わり

指示7は、影響範囲や損害の特定と初動対応と再発防止のために、制御系を含むサプライチェーン全体のインシデントに対応できる体制を整備させ、被害発覚後の通知先や開示が必要な情報を把握させ、適宜実践的な演習を実施させる、というものです。対策例には「速やかな各種ログの保全や感染端末の確保等の証拠保全が行える体制を構築する」とあります。AIで詰まるのはここです。外部のAIサービスで何が起きたかの記録は、自社の中にありません。どの範囲の記録が取れて、どれだけの期間残り、事故のときに開示してもらえるのかを、契約の段階で確かめておく必要があります。

気づき方も変わります。従来のインシデントは仕組みの側が異常を検知して上がってきますが、AIの誤った出力は、それを見た人が違和感を覚えることでしか見つかりません。だから申告の経路が要ります。10大脅威の解説書が経営者層の対策として「決裁や承認プロセスのガバナンス強化」を挙げ、「業務における決裁・承認プロセスに対し、複数名によるチェックを規程化し、運用を徹底する」としているのも同じ話です。1人が確認して1人が承認する流れのままだと、精巧な偽の指示も、精巧な誤りも、同じように通ります。

指示8は、業務が止まったときにいつまでに復旧すべきかを特定させ、手順書と復旧体制を整備させ、事業継続の計画と整合の取れた目標を定めさせる指示です。AIを業務に組み込んだ部署ほど、止まった日の手戻りが大きくなります。確かめるのは1つ、その業務を、AIなしで何日回せるか。回せる日数が復旧目標より短ければ、代替手段を先に用意する対象になります。演習の対象に、攻撃だけでなく外部サービスの停止を入れておくと、この差はすぐ出ます。

指示9 約款を変えられない相手を、どう調達するか

指示9は、国内外の拠点や取引先や運用の委託先を含めた対策状況の把握を行わせ、契約においてリスク対応の役割と責任範囲を明確化させる指示です。対策を怠った場合のシナリオには、外部サービスの利用や他社システムとの接続で企業間のつながり方が多様化しているとしたうえで、「相手に提供する情報の保護を要求するのみでは、サプライチェーン由来のサイバーセキュリティリスクへの対策として不十分である」と書かれています。先に見た用語定義と合わせれば、外部のAIサービスの利用は、最初からこの指示の範囲に入っています

そしてAIの調達に最も効くのは、対策例に置かれた次の一文です。「相手先の定める約款で規定されているサイバーセキュリティ対策の変更ができない場合に、その約款を適用した場合の自社における残留リスクが許容範囲以下となることを確認した上で調達又は契約する」。大手のAIサービスは、個別の条項変更に応じないことがほとんどです。この一文は、そういう相手を交渉して直す対象ではなく、残るリスクを測って許容できるか判断する対象として扱ってよいと示しています。変えられないことを理由に検討を止めるのでも、変えられないから諦めて何も測らないのでもない、第3の手順が用意されているわけです。

見落としやすいのが、委託先の側でAIが使われる場合です。自社は導入していなくても、制作や運用を委ねた相手が生成AIで作業していれば、自社の情報がその経路を通ります。契約でのAIの利用の可否と、使う場合の入力の範囲、そして再委託先まで同じ条件が及ぶかを確かめる欄が、既存の委託先確認票に足す行になります。どの条件で問題になりうるかを先に書いておけば、後から相手を責める話にならずに済みます。

指示10 出す前提で集める。AI起点の事案は共有の型が薄い

指示10は、「有益な情報を得るには自ら適切な情報提供を行う必要があるとの自覚のもと、サイバー攻撃や対策に関する情報共有を行う関係の構築及び被害の報告・公表への備えをさせる」ことと、「入手した情報を有効活用するための環境整備をさせる」ことの2つです。受け取るだけの参加は想定されていません出す前提で集めるという書き方になっています。

AIで増える宿題は、共有する事案の定義です。攻撃を受けた事案なら既存の共有の枠に載りますが、生成物に誤りが混ざって外に出た事案は攻撃ではありません。外部の枠組みに出す前に、まず社内で共有の対象にするかどうかを決める必要があります。判断が付かないまま個々の部署に留まると、同じ型の誤りが半年後に別の部署で繰り返されます。

公表の側も、型がまだ薄い領域です。指示6にも「改善状況を適切に開示させる」という一文がありますが、AIの利用方針をどこまで外に出すかは会社ごとに割れています。確かなのは、問われてから考えると、答えが日によって変わってしまうことです。取引先の確認票にAIの利用に関する設問が入り始めている以上、答えの原文を一度作って社内で共有しておくほうが、現場の負担は軽くなります。

AIに任せてよい工程と、人が決める工程

この読み替え作業そのものにも、生成AIは使えます。任せてよいのは、事実を集めて形を整える工程です。既存の社内規程を読ませて、10の指示事項それぞれに対応する条文がどこにあるかの対応表を下書きさせる。旧版と新版の規程を並べて差分を抽出させる。長い付録の章立てを整理させる。専門用語を社内で通じる言い方に言い換えさせる。いずれも元の文書が手元にあり、出力の当否をその場で確かめられる仕事です。

人が決める工程は、はっきり分かれます。どの指示を出すか。いくら投資するか。何を公表するか。どこで止めるか。この4つは結果に責任を負う人しか決められません。作業の際は、AIに結論だけを言わせないことです。対応表を作らせるときは、条文の番号と該当箇所の文言を必ず並べて書かせる。根拠が空欄の行は、対応する条文が無いのか、探せなかっただけなのかを人が確かめる。差分の抽出も同じで、変わったと言われた箇所は原文に当たり直します。

順番も大事です。確認する範囲を先に決めてから任せます。先に走らせて、出てきた量を見てから確認方法を考えると、量に負けて確認が形だけになります。前掲の事例集にある、米国の弁護士が生成AIで作った意見書に実在しない判例が引かれていた一件は、2025年1月に裁判所の公聴会が開かれるところまで進みました。当人はハルシネーションが起こりうることを知らなかったといいます。確認の手順は、知識ではなく手順として置いておかないと働きません。

  • AIに作らせるのは対応表と差分と言い換えまで。採否の判断はさせない
  • 出力には必ず根拠の所在(章・指示番号・該当文言)を併記させる
  • 根拠が空欄の行は、原典に無いのか探せなかったのかを人が切り分ける
  • 確認する範囲と担当を、走らせる前に決めておく
  • 外に出す文と、経営会議に上げる数字は、原典に当たり直してから使う

既にある文書のどこに1行足すか

最後に、定着のさせ方です。この作業で最も失敗しやすいのは、AI版のセキュリティ規程を新規に起こしてしまうことです。新しい文書は、作った部署だけが読む文書になります。10の指示は既存の規程・体制・台帳に対応しているのですから、足すべきは新しい文書ではなく、既にある文書の中の行です。5つの工程に分けると、担当がそのまま決まります。

STEP1
既存の文書と10の指示を突き合わせる

基本方針、社内規程、委託先の確認票、事故対応の手順書、事業継続の計画を並べ、10の指示事項それぞれがどの文書のどの条に対応しているかの表を作る。対応が無い指示は、その時点で空欄のまま残す。

STEP2
空欄と、AIで変わる欄を色分けする

元から空欄だった指示と、条文はあるがAIを入れたことで文言が足りなくなった指示を分ける。前者は従来からの宿題、後者が今回の宿題。混ぜると優先順位が付かない。

STEP3
足す行を、原文の言葉で書く

新しい言い回しを発明せず、指示事項の文言をそのまま使って1行を書く。後で経営会議に上げるときに、どの指示への対応かがすぐ示せる。

STEP4
使ってよい道具の一覧を別紙にする

本体の規程からは参照だけ張り、一覧そのものは別紙にして四半期で更新する。本体を開けずに差し替えられる形にしておく。

STEP5
次の見直し日と、報告の場を決める

指示6が求める報告の場に、AI利用の指標を1つ載せる。載せる場が決まっていない指標は、翌期に必ず消える。

この5工程は、規程の作り直しではなく突き合わせなので、多くの会社で2週間から1か月の作業に収まります。重いのは工程1だけで、ここは対応表の下書きをAIに作らせて構いません。工程2以降は、空欄をどう扱うかという判断が続くため、人の時間が要ります。経験上、工程2で「従来からの宿題」が思ったより多く見つかる会社が少なくありません。AIの検討を入口にして、何年も空いていた欄が埋まるのは、この作業の副産物として大きい部分です。

ミニ用語解説

最後に、この文書を読むときに引っかかりやすい語を整理しておきます。いずれも一般的な用法とこの文書での用法が微妙に違い、社内で説明するときに誤解が生まれやすい語です。

この文書での意味AIの文脈で読むときの注意
指示情報技術の統治に関する日本産業規格でいう指示。出した結果を確認する責任を含むAI利用のルールを配布して終わりにすると、この語の定義から外れる
サプライチェーン受発注の関係にとどまらず、外部のデジタルサービスの利用や、つなぎ役を介したシステム同士の連携を含む外部のAIサービスを使った時点で、指示9の対象に入る
残留リスク回避・低減・移転の対応を行った後に残るリスク。識別することが指示4に含まれる約款を変えられないAIサービスは、ここで測って許容範囲かを判断する
プラス・セキュリティ自らの業務遂行にあたってセキュリティを意識し、必要かつ十分な対策を実現できる能力専任者ではなく、AIを使う事業部門の人が身につける能力を指す
シャドーIT組織が把握していない機器やサービスの業務利用。付録Aの指示5の確認項目にある個人のアカウントでのAI利用が、そのままこの欄の中身になる

この5語のうち、社内で最も揉めるのは残留リスクです。「リスクがあるから使えない」と「リスクは受け入れる」の間に、測って、記録して、許容範囲かを判断したという状態があることが伝わりにくい。指示4が識別を求め、指示9が約款の場面で確認を求めている以上、この文書は3つ目の状態を正面から想定しています。測らずに使うのでも、測らずに止めるのでもない、というのが原文の立て付けです。

まとめ

サイバーセキュリティ経営ガイドラインは、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構が策定し、2023年3月24日公開のVer3.0が現在の最新版です。中身は、経営者が認識すべき3原則と、担当幹部に指示すべき重要10項目の指示事項。対策の一覧ではなく指示の一覧で、「担当者への丸投げは許されるものではない」と原文が明記しています。そして本体53ページに、生成AIという語は一度も出てきません。唯一AIに寄るのは、指示4の対策例にある「サイバー攻撃以外のリスクとして偽情報、機械学習における誤判断、海外での法令違反等も考慮する」の1文だけです。

それでもこの文書が使えるのは、付録Eの定義が、外部のデジタルサービスの利用とシステム同士の連携をサプライチェーンに含めているからです。外部のAIサービスを業務で使えば、名指しされていなくても指示9の対象に入ります。そして増えるのは指示の数ではなく、10の指示それぞれの確かめる項目です。指示1では基本方針への1行、指示5では付録AのシャドーITの欄、指示6では見直しの周期、指示9では変えられない約款の扱い。10大脅威2026の解説書も、AI固有の弱点を除けば「従来のサイバーセキュリティ対策が有効です」と結論づけています。

作業としては、新しい規程を起こさず、既にある文書のどこに1行足すかを5工程で突き合わせる。対応表の下書きと差分の抽出はAIに任せてよく、そのときは条文の番号と該当文言を必ず併記させ、根拠が空欄の行は人が切り分けます。どの指示を出すか、いくら投資するか、何を公表するか、どこで止めるかは、結果に責任を負う人が決める。この分担にしておけば、10項目は毎年提出する自己点検票ではなく、AIを業務に入れるたびに開く作業台になります。

※本記事にはAIが活用されています。編集者が確認・編集し、可能な限り正確で最新の情報を提供するよう努めておりますが、情報の完全性、正確性、最新性、有用性等について保証するものではありません。本記事の内容に基づいて行動を取る場合は、読者ご自身の責任で行っていただくようお願いいたします。

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