不動産のマーケは何を出せば動く?|物件情報の先を作る

「掲載する物件の数を増やそうという方針になって、前年の倍まで載せました。問い合わせの数は確かに増えたのに、内見まで進んだ件数はほとんど変わりませんでした」「各種ポータルへの出稿費が、毎月の固定費でいちばん大きい行になっています。減らすと問い合わせが止まるので、誰も減らそうと言い出せません」。——事業用の物件を扱う会社では、この2つが同じ月に別々の部署から出てきます。数字の側から見ると、事情はもう少しはっきりします。首都圏不動産公正取引協議会が2023年度に調査した物件は681件、規約違反で措置を講じたのは186件、違約金を課したのは19件でした。違約金の件数は4年連続で減っていたのに、2023年度だけ前年度より7件増えています。挙げられている要因は、悪質な企画ではなく、ホームページにおける契約済み物件の削除し忘れによるおとり広告です。つまり、物件情報の掲載は、出す仕事ではなく、取引できなくなったものを落とし続ける仕事です。この記事では、物件情報の欄に投資を足し続ける選び方と、決める人が知りたいことを出す側に振り替える選び方を並べて、どちらに何をどれだけ置くかを整理します。
カメ先生不動産のマーケティングは掲載する物件の数で決まると思われがちですが、掲載を増やすほど、取引できなくなった物件を外し続ける手間が同じだけ増えます。反響の数が増えても、決まる件数が同じ比率で増えるとは限りません。
カメ子掲載を増やすこと自体が、別の仕事を増やしているということですか。
カメ先生増やしているのは、正確さを保つための手間のほうです。しかも同じ物件は他社も載せているので、情報の中身そのものでは差がつきません。差がつくのは、その物件を選んでよいかを相手が社内で説明できる材料の側です。
カメ子物件の情報と、選んでよいかを説明できる材料は、何が違うのでしょうか。
- 物件情報の欄は、宅建業法と表示規約が書き方を先に決めているので、中身で差がつかない。差がつくのは掲載の速さと、落とし忘れを出さない管理の量になり、そこは資本の量で順位が決まる
- おとり広告は意図ではなく状態で決まる。規約は物件が存在しない・取引の対象となり得ない・取引する意思がないの3類型を挙げており、契約済みの削除し忘れはそのまま2番目に当たる
- 決める人は物件を探しているのではなく、社内の決裁を通そうとしている。AIには既にある資料を読む側の順番に組み直す工程までを渡し、募集条件の記載と法令の当てはめは人が持つ
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反響が増えても決まらないのは、同じ情報を全社が出しているから
最初に確かめておきたいのは、物件情報という欄で何が競われているのかです。所在地、面積、賃料、共益費、階数、築年、駅からの分数。これらは物件の側にある事実であって、どの会社が出しても同じ値になります。取り扱う会社が複数あれば、同じ物件が複数のポータルに並びます。読む側から見ると、同じ部屋の情報が名前だけ違って並んでいる状態です。
この欄で差をつけようとすると、方向は2つしかありません。誰よりも早く出すか、誰よりも多く出すかです。どちらも中身の工夫ではなく、処理の量の話になります。専任の入力担当を置き、複数のポータルへ同時に流す仕組みを入れ、写真の撮影を外に出す。投資すればするほど順位が上がるが、投資をやめた瞬間に順位が戻るという性質の競争です。固定費のいちばん大きい行が出稿費になり、誰も減らそうと言い出せなくなるのは、この構造の当然の帰結です。
もうひとつ見落とされやすいのが、反響の中身です。同じ情報を見て連絡してくる相手は、比較の段階にいます。条件が近い他社の物件とも同時に問い合わせているので、返信の速さと空室の有無だけで絞られます。件数は増えますが、1件あたりに使える時間は減り、決まる比率は下がります。前年の倍を載せて内見が変わらなかったという話は、努力が足りなかったのではなく、増やした分だけ比較の段階の相手が増えた結果です。
ここで言いたいのは、物件情報を出すなということではありません。出さなければ土俵にすら乗りませんし、事業用の物件では掲載が唯一の接点になる場面もあります。線が引かれているのは、掲載を増やすことと、選ばれることの間です。次の章から、その線がどこにあるのかを、法令と規約と実際の措置の数字で確かめていきます。
物件情報は、出した瞬間から落とす作業が積み上がる
掲載を増やすと何が増えるのかを、作業の名前で数えてみます。増えるのは入力の回数だけではありません。募集条件の変更を反映する回数、申し込みが入ったときに止める回数、契約が済んだときに外す回数、そして外したつもりで残っていないかを見に行く回数です。掲載は1回の作業ですが、掲載を正しい状態に保つのは終わりのない作業です。
この作業は、掲載の数に比例して増えます。しかも増え方が悪い。1社が複数のポータルと自社サイトに同じ物件を出していれば、外す先も同じだけあります。管理の仕組みを外部の事業者に任せている場合は、自社の画面で消したつもりでも、連携の先で残り続けることがあります。自社の登録画面と、実際に読者が見ている画面は別物です。この差に気づくまでの時間が、そのまま違反の期間になります。
実際に起きた例が公表されています。ある事業者は、ホームページに出していた賃貸住宅10物件について違約金80万円の措置を受けました。3物件は入居済みになった後に長いもので4か月以上、短いものでも1か月以上、6物件は契約済みになった後に長いもので3か月以上、短いものでも2か月以上、そのまま広告が続いていました。原因として同社が述べたのは、別の事業者に任せきりにした結果、管理システムの不具合に気づかず、契約済みの物件が掲載され続けたというものです。調査が入るまでの約4か月間、誰も不具合に気づいていませんでした。
この事例が示しているのは、掲載の数を増やす判断には、それを外し続ける体制をつくる判断が必ずくっついてくるということです。掲載数を目標にして、外す作業を誰の仕事とも決めないまま増やすと、増やした分だけ危ない状態が積み上がります。掲載を増やす稟議には、外す作業の担当と点検の間隔を書き添えるだけで、この種の事故はかなり減ります。
数字で見ると、つまずいているのは悪意ではなく運用
業界全体の数字も見ておきます。首都圏不動産公正取引協議会が公表した2023年度の状況では、調査対象は681物件、事案の処理は288件、規約違反で措置を講じた件数は186件でした。調査対象の物件数は前年度より100件以上減り、おとり広告の物件数も27件減っています。処理の件数も前年度より80件以上減り、措置の件数も8件減りました。全体としては改善の方向に動いています。
ところが、違約金を課した件数だけが逆を向きました。4年連続で減ってきたのに、2023年度は前年度より7件増えて19件です。協議会が要因として挙げているのは、特にホームページにおける契約済み物件の削除し忘れによるおとり広告が依然として減らないことでした。つまり、減っているのは目立つ違反で、減っていないのは日々の運用から出る違反という読み方になります。
もう少し新しい措置も出ています。2025年2月に公表された事例では、ある事業者がポータルサイトに出していた賃貸共同住宅7物件について違約金の措置を受けました。契約済みまたは入居済みになった後、長いもので1か月以上、短いもので16日間、そのまま広告が続いていたものが4件あります。あわせて、駅まで徒歩5分以内と表示していたが徒歩5分以内に駅はない、洗面のボウルが2つと広告したが実際は1つ、構造を鉄筋コンクリート造と表示したが実際は鉄骨造、といった誤表示も指摘されています。
この並びを見ると、ひとつの傾向が読み取れます。指摘されているのは、うまい嘘ではなく、確かめていない記載です。駅までの分数も、設備の数も、構造も、元の資料に当たれば分かることです。当たらないまま転記され、誰も見直さないまま数年掲載される。掲載の数を追う運用は、この見直しの時間を最初に削ります。
広告の規制が、出せる情報の形を先に決めている
物件情報の欄で中身の差がつかない理由は、そもそも書き方が法令と規約で決まっているからです。順に押さえます。宅地建物取引業法は昭和27年法律第176号で、広告に関する条文が3本あります。
- 32条(誇大広告等の禁止)所在・規模・形質・利用の制限・環境・交通・代金や借賃等について、著しく事実に相違する表示や、実際より著しく優良または有利と誤認させる表示をしてはならない。誤表示は意図と無関係に問題になるので、転記したまま放置した記載もここに入りうる
- 33条(広告の開始時期の制限)造成や建築の工事が完了する前は、都市計画法29条1項・2項の許可、建築基準法6条1項の確認その他政令で定める処分があった後でなければ広告できない。計画の段階にある物件は、処分が出るまで広告そのものを始められない
- 34条(取引態様の明示)広告をするときに売主・代理・媒介の別を明示し、注文を受けたときは遅滞なくその別を明らかにする。広告のたびに必要であって、1回書けば済むものではない
- 36条(契約締結等の時期の制限)工事が完了する前は、33条と同じ処分があった後でなければ契約を締結できない。広告だけでなく契約の側も同じ線で止まる
処分の重さも見ておきます。32条に違反した場合は、6月以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金、またはその併科と定められています。あわせて、32条・34条・36条の違反は、1年以内の業務の全部または一部の停止を命ずることができる場合として、65条2項に条文名が直接挙げられています。広告の書き方は、営業の工夫の領域ではなく、免許の維持に直結する領域だということです。
- ここで挙げているのは条文の定めであり、個別の事案がどの条文に当たるかの判断は行政庁が行います。自社の掲載が適法かどうかは、免許を受けた行政庁の窓口や、加盟している公正取引協議会に確かめてください。この記事は、なぜ物件情報の欄で中身の差がつきにくいのかを説明するために条文を引いています
この4本が意味しているのは、物件情報の欄は自由記述の場所ではないということです。書ける時期が決まり、書かなければならない項目が決まり、誇張が禁じられている。だから各社の掲載は似た形に収束します。似た形のなかで差をつけようとすれば、残るのは速さと量だけになります。
おとり広告は3つの型で決まっていて、意図を問わない
もう一段、業界のルールがあります。不動産の表示に関する公正競争規約です。これは景品表示法に基づく業界の規約で、事業者または事業者団体が内閣総理大臣及び公正取引委員会の認定を受けて設定するものだと、同法36条に定められています。現行の表示規約は2022年9月1日から施行されています。
この規約の21条が、おとり広告を3つの型で定めています。ひとつめは、物件が存在しないため実際には取引することができない物件に関する表示。ふたつめは、物件は存在するが実際には取引の対象となり得ない物件に関する表示。みっつめは、物件は存在するが実際には取引する意思がない物件に関する表示です。読んで分かるとおり、事業者の意図を要件にしているのは3番目だけです。
ここが実務でいちばん誤解される部分です。契約が済んだ物件を消し忘れて掲載が続いている状態は、意図の有無と関係なく、2番目にそのまま当てはまります。悪意がなかったことは、違反でないことの説明になりません。前の章で見た事例で、管理システムの不具合に気づかなかったという説明がそのまま措置につながっているのは、規約がこういう形で書かれているからです。
措置の内容も決まっています。規約27条により、公正取引協議会は違反行為をした事業者に対し、違反を排除するために必要な措置を直ちに採ることを警告し、または50万円以下の違約金を課すことができます。警告を受けたのに従わないと認められるときは、500万円以下の違約金、構成員である資格の停止、除名、さらに消費者庁長官に対して必要な措置を講ずるよう求めることができるとされています。同じ事業者が2014年に35万円、2020年に40万円、そして2023年度に80万円と、回を重ねて額が上がっている例も公表されています。
徒歩の分数も費用の書き方も、先に決まっている
規約はもっと細かいところまで決めています。代表的なのが徒歩の所要時間です。表示規約の施行規則では、徒歩による所要時間は道路距離80メートルにつき1分間を要するものとして算出した数値を表示し、1分未満の端数が生じたときは1分として算出する、と定められています。切り上げであって、四捨五入ではありません。
起点と着点も決まっています。道路距離や所要時間を算出する際の物件の起点は、物件の区画のうち駅その他の施設に最も近い地点とされ、マンションやアパートの場合は建物の出入口が起点です。着点は施設の出入口で、施設の利用時間内に常時利用できるものに限られます。敷地の端から測るか建物の出入口から測るかで、表示できる分数が変わります。前の章で触れた、徒歩5分以内と表示したが5分以内に駅はないという指摘は、この算出の手順を踏まずに書かれたものだと読めます。
必要な表示事項も8条にまとめられています。広告主に関する事項、物件の所在地・規模・形質その他の内容、価格その他の取引条件、交通その他の利便および環境。これらを、見やすい場所に、見やすい大きさと色彩の文字で、分かりやすい表現で明瞭に表示することが求められています。小さく書いておけばよい、という逃げ道が最初から塞がれているという書き方です。
費用の記載も同じです。公表されている事例では、鍵交換の費用が一例で27,500円、室内清掃の費用が一例で82,302円といった諸費用が必要であるのに、その費目と額を記載していなかったことが違反の内訳に挙げられていました。賃料と共益費だけを大きく出して、実際に初期に出ていく額が書かれていない状態は、指摘の対象になります。ここまで決まっているのですから、物件情報の欄でできる工夫は、正しく漏れなく書くことに尽きます。
掲載を厚くする道は、最後は資本の量で順位が決まる
ここまでを合わせると、掲載を厚くするという選び方の性質が見えてきます。書ける内容は規制で揃っている。同じ物件は他社も出している。だから勝ち筋は、より早く、より多く、より正確に出し続けることになります。いずれも人と仕組みへの投資で決まる量です。
この道を選ぶこと自体は間違いではありません。物件の供給量が多く、専任の入力体制を持てる会社であれば、量で押し切るのは合理的です。ただし、費用の性質を理解しておく必要があります。出稿費は資産ではなく、止めた月から効果が消える費用です。3年続けても、4年目に止めれば同じ位置には戻りません。積み上がっているように見えて、積み上がっているのは支出の実績だけです。
- 掲載数を目標に置き、外す作業の担当を決めないまま増やす。違反の在庫が増える
- 登録画面で消したことを確認の完了にする。読者が見ている画面で残っていることがある
- 管理の仕組みを外部に任せきりにして、連携先の状態を自社で見に行かない
- 出稿費を減らすと問い合わせが止まるという理由だけで、効果の測定をせずに継続する
- 掲載の速さを褒める指標だけを置く。確かめる時間を削ることが最も合理的な行動になる
最後の1行は特に注意が必要です。速さだけを評価すると、資料に当たって確かめる工程が真っ先に削られます。前の章で見た誤表示は、どれも元の資料に当たれば分かることでした。速さを追う運用は、確かめない運用に静かに変わっていきます。指標を置くなら、掲載までの日数と、掲載内容の誤りの件数を必ず並べて見てください。
そのうえで、投資の全額をこの道に置くかどうかは別の判断です。同じ土俵で量を競う以外に、そもそも競う場所を変える道があります。次の章から、その道の中身を見ていきます。
決める人は物件を探しているのではなく、決裁を通そうとしている
事業用の物件で動いている相手の事情を見ます。本社の移転、拠点の開設、店舗の出店、投資用の取得。どれも、担当者ひとりの好みでは決まりません。総務が候補を出し、経営企画が投資の枠を見て、情報システムが回線と電源の条件を確かめ、経理が費用の科目を整理し、人事が通勤の影響を見る。最後に決裁を書くのは、現地を一度も見ていない人であることも珍しくありません。
この構造が意味するのは、候補を見つけた担当者の仕事が、探すことから説明することへ移るという点です。候補の物件が良いかどうかではなく、なぜこの候補なのかを社内で説明できるかどうかが、次に進むかどうかを決めます。説明できなければ、良い物件でも候補から落ちます。落ちた理由は不動産会社には伝わりません。返事が来なくなるだけです。
だから、担当者が本当に困っているのは物件情報の不足ではありません。困っているのは、比べる軸の作り方、賃料以外に毎月出ていく費用の項目、原状回復の範囲がどこまでかの相場観、移転の全工程にどれだけの期間がかかるか、といった物件の外側にある知識です。これらはポータルの欄には書けません。書く欄がないからです。
ここに、投資を振り替える余地があります。同じ物件情報を速く多く出す競争には、資本の量で順位が決まるという天井があります。決裁を通す側が必要としている材料には、その天井がありません。しかも一度作れば、物件が入れ替わっても使えます。出稿費が止めた月に消えるのに対して、判断の材料は残るという性質の違いがあります。
出し先を3つに分けて、性質を並べて比べる
投資の先を3つに分けて、性質を整理します。同じ費用を置いたときに、何が増えて、いつ消えるのかが違います。
| 出し先 | 何で順位が決まるか | 止めたとき | 向いている会社 |
|---|---|---|---|
| ポータルへの出稿を厚くする | 掲載の数と速さ、つまり投じた量 | 翌月から効果が消える | 物件の供給量が多く、専任の入力体制を持てる会社 |
| 自社サイトに物件情報を増やす | 検索される物件名や地名の数、更新の頻度 | 残るが、古い情報が違反の在庫になる | 元付の物件を安定して持ち、外す運用を回せる会社 |
| 決める人の判断材料を出す | 説明の精度と、社内で回されるかどうか | 残り続け、物件が入れ替わっても使える | 特定の用途や地域に知見が溜まっている会社 |
表の読み方を1つだけ先に置きます。3行目だけが性質の違う行です。1行目と2行目は、いずれも物件そのものを露出させる投資であり、物件が入れ替われば作り直しになります。3行目は物件を露出させません。決め方を露出させています。だから物件が入れ替わっても内容は生き続けます。
もうひとつ、2行目には見えにくい危険があります。自社サイトに物件を増やすと、外す作業も自社に増えます。ポータルであれば連携の停止という手段がありますが、自社サイトは自社で消すしかありません。自社サイトの物件ページは、放置すると違反の在庫がそのまま自社の名前で残ります。掲載を増やす前に、公開から何日で見直すかを決めておく必要があります。
3行目にも弱点はあります。効くまでに時間がかかることと、成果が問い合わせの件数で見えにくいことです。読まれた回数は増えても、その月の反響が増えるとは限りません。この点は後の章で、何を見るかという形で整理します。
判断の材料になるのは、物件の外側にあること
では、決める人が読む材料とは具体的に何かを挙げます。抽象的な心構えではなく、社内の説明資料に貼り付けられる粒度のものです。
- 賃料と共益費のほかに毎月出ていく費用の項目。清掃、警備、看板、駐車、共用部の電気。契約前に確定できるものと、入居後に決まるものの区別
- 初期に一度だけ出ていく費用の内訳。敷金、礼金、仲介の手数料、原状回復の預り、内装の工事、引っ越し、什器の入れ替え
- 原状回復の範囲が契約書のどの条項で決まるか。退去のときに何をどこまで戻すのか、通常の使用による損耗の扱い
- 移転の全工程にかかる期間。物件の選定から契約、内装の設計と工事、回線の開通、届出、引っ越しまでの順番と所要
- 建物の設備が今後どうなるか。改修の予定、受電の容量、空調の方式、耐震の状況
- 省エネ基準への適合。2025年4月から原則すべての新築建築物で適合が義務になったこと、建築確認の審査対象であること
- 用途の変更が要るかどうか。今の用途で使えるのか、届出や確認が必要になるのか
このうち省エネ基準の話は、2025年4月に大きく変わった点なので押さえておく価値があります。それまでは非住宅で300平方メートル以上のものが対象でしたが、2025年4月から原則としてすべての新築建築物に省エネ基準への適合が義務づけられました。建築確認の審査の対象になり、適合しないと確認済証が交付されず着工できません。新築の物件を紹介するときに、この一点を正確に説明できるかどうかで、相手が社内に持ち帰れる情報の質が変わります。
こうした材料に共通するのは、物件が入れ替わっても内容が変わらないことです。原状回復の考え方も、移転の工程も、省エネ基準の制度も、来月別の物件を紹介するときにそのまま使えます。物件情報が消耗品であるのに対して、これらは在庫として残ります。
注意点も1つ。材料を出すことと、法令の判断を代わりに行うことは違います。用途の変更が必要かどうか、この契約条項がどう読まれるかは、行政庁や専門の資格を持つ人の領域です。材料は、相手が何を誰に確かめればよいかが分かる形にすることが目的であって、結論を代わりに出すことではありません。
どちらか一方ではなく、比率をどう置くかで決める
ここまで読むと、物件情報をやめて判断材料に全部振り替えるべきだと読めるかもしれませんが、そうではありません。物件情報は接点であり、これを止めると入口が消えます。判断材料は決め手であり、これがないと入口から先に進みません。問われているのは、どちらかの選択ではなく、どちらにどれだけ置くかの比率です。
比率を決める材料は3つあります。ひとつめは、自社が扱う物件の性質です。同じ物件を他社も出せる状態が多いなら、物件情報で差がつく余地は小さくなります。元付の物件が多いなら、物件情報そのものに希少性があります。ふたつめは、決裁の段数です。相手が単独で決められる取引なら判断材料の出番は減り、合議で決まる取引なら増えます。
みっつめは、自社に何が溜まっているかです。特定の地域、特定の用途、特定の規模で扱ってきた件数が多いほど、判断材料は書けます。件数が少ないうちに一般論を書いても、ほかのどこにでも書いてあることになります。判断材料が書けるかどうかは、文章力ではなく、自社が経験した件数で決まります。
実務的な置き方としては、まず今の出稿費を維持したまま、担当者1人の時間のうち週に半日だけを判断材料の作成に充てる、という始め方が現実的です。最初から出稿費を削ると、削った月の反響の減少が判断材料の失敗として記録されます。効果が出るまでの期間が違うものを、同じ月で比べないことが重要です。
生成AIの出番その1 社内にある資料を、読む側の順番に組み直す
判断材料を出す道を選ぶと、最初に立ちはだかるのは書く時間です。ここで生成AIが効きますが、効かせ方には向き不向きがあります。情報通信白書の令和8年版は2026年7月24日に公表され、企業の生成AI利用率は86.4%、活用方針を定めた企業は68.9%とされています。一方で、組織的な取組はないと答えた企業も27.0%あります。使っている会社は多いが、業務の形まで変えている会社はまだ限られるという状況です。
不動産の会社で最初に効くのは、新しい文章を書かせることではありません。既にある資料を、読む側の順番に組み直させることです。重要事項説明の準備で調べた内容、契約書の雛形の注釈、内見の案内で毎回口頭で説明している手順、社内の物件調査の記録。これらは既に社内にあり、しかも社外の人が読める形になっていません。
組み直しの指示は具体的にします。たとえば、移転を検討している総務の担当者が社内会議で説明する場面を想定して、契約から入居までの工程を時系列に並べ、それぞれの工程で誰に何を確認する必要があるかを添える、という指示です。元の資料を渡し、その中にある情報だけで書かせ、足りない箇所は空欄のまま残させます。
空欄を残させるという条件は、必ず付けてください。埋めさせると、他の地域や他の物件の一般的な記載から類推した内容が入ります。文章としては整いますが、自社が確かめていないことが自社の名前で出ていく状態になります。空欄は、まだ確かめていないという事実を示す情報です。埋めるのは、確かめた人の仕事です。
生成AIの出番その2 問い合わせと内見から、詰まる質問を拾う
何を書くべきかが分からない、という相談は多いのですが、答えは既に社内にあります。問い合わせのメール、内見の同行のときに出た質問、条件の交渉で止まった論点。ここに、決める人が詰まっている場所がそのまま残っています。
この材料をAIに渡して、質問を似たものどうしにまとめさせます。件数の多い順に並べ、それぞれについて何を答えたかを添えさせる。すると、同じ質問に毎回口頭で答えている項目が浮かび上がります。それが最初に書くべき材料です。件数が多いということは、その情報がどこにも公開されていないということでもあります。
渡すときには2つの条件を付けます。ひとつめは、社名・個人名・物件の特定につながる情報を外してから渡すことです。問い合わせの本文には相手の会社名や担当者名が入っています。外す作業を人が行ってから渡す、という順番を崩さないでください。ふたつめは、どのやり取りから拾った質問なのかを件数とともに示させることです。出どころが分かれば、確認は数十秒で済みます。
この工程には副産物があります。質問の一覧ができると、営業の担当者ごとに答え方が違っていた項目が見つかります。原状回復の範囲、更新のときの条件、費用の内訳。社外向けの材料を作る作業が、社内の説明を揃える作業になっているという形です。ここは判断材料の作成でいちばん見落とされやすい効果です。
AIに渡してはいけない工程を、作業の名前で切る
最終的には人が確認するという言い方では運用に落ちません。渡す作業と渡さない作業を、作業の名前で分けます。判断の基準は1つで、間違えたときに規約や法令の側で問題になるかどうかです。
| 作業 | AIに渡すか | 理由と条件 |
|---|---|---|
| 問い合わせや内見で出た質問を、似たものどうしにまとめて件数順に並べる | 渡せる | 分類の作業。個人名と社名を外してから渡し、どのやり取りから拾ったかを添えさせる |
| 社内にある資料を、読む側の順番に組み直して草稿にする | 渡せる | 並べ替えの作業。元資料の中の情報だけで書かせ、足りない箇所は空欄で残させる |
| 社内向けの説明や、部門への案内の下書きを作る | 渡せる | 言い回しの下書き。数値と条件は人が差し替える |
| 公開済みの記事のうち、内容が古くなった箇所の候補を挙げる | 渡せる | 見比べの作業。直す判断と、直した内容の確定は人が行う |
| 物件の募集条件の記載を作る | 渡さない | 宅建業法32条と表示規約の対象。誤記がそのまま誇大広告や必要事項の欠落になる |
| 徒歩の分数、面積、賃料、構造、費用の額を書く | 渡さない | 算出の規則が決まっている。80メートルにつき1分、端数は切り上げという計算も、元の道路距離を人が測らなければ成立しない |
| この物件を今も掲載してよいかの判断 | 渡さない | 取引できる状態かどうかの確認。外すとおとり広告の3類型の2番目に直行する |
| 用途の変更や法令の適合について結論を出す | 渡さない | 行政庁や専門の資格を持つ人の領域。材料を示すところまでが自社の役割 |
表の下の4行は、いずれも間違いが自社の外に出たときに規約や法令の側で問題になる作業です。生成AIは、確かめていないことを確かめた口調で書きます。募集条件の欄でそれが起きると、前の章で見た誤表示の指摘と同じ形になります。悪意がなかったという説明が通らないのは、規約が状態で判断しているからでした。
上の4行に渡すときの条件も同じです。どの資料のどこを見てそう書いたのかを必ず添えさせること。出どころのない出力は、確かめる時間のほうが長くなるので、結局は使われなくなります。人が読む範囲も先に決めます。全部読むという決め方は、忙しい週には何も読まないのと同じ結果になります。数値と法令に触れる箇所だけを毎回人が読み、言い回しの部分は通読で済ませる、という置き方が現実的です。
振り替えの手順と、半年後に見る数字
最後に、実際にどう始めるかを手順にします。いきなり出稿費を削らないこと、最初の1本を出すまでの期間を短くすることの2点が肝になります。
メール、電話の記録、同行のときのメモ。社名と個人名を外してから、質問の部分だけを取り出す。
ここまではAIに渡せる。件数の多い上から5つが、最初に書く材料の候補になる。
調べ直しが要るものは後回しにする。最初の1本は、公開までの期間を短くすることを優先する。
元資料の中の情報だけで書かせる。足りない箇所は空欄のまま出させ、埋めるのは確かめた人が行う。
面積、費用、期間、条文の引用。出どころの資料に当たって1つずつ確かめる。
制度も相場も動く。見直しの日を公開と同時に決めておかないと、判断材料が誤情報に変わる。
効いているかどうかは、半年で4つの数字を見ます。ひとつめは、問い合わせのうち、具体的な条件が書かれているものの割合。ふたつめは、初回の接触から内見までに要した日数。みっつめは、同じ質問を口頭で答えた回数。よっつめは、掲載内容の誤りで指摘を受けた件数です。
読み方も先に決めます。ひとつめが上がっていれば、材料が届いている合図です。条件を書いてから問い合わせてくる相手は、社内で一度説明を通してきています。みっつめが減っていれば、口頭で答えていた内容が公開の側に移ったということです。よっつめは、掲載を増やす判断とセットで必ず置いてください。問い合わせの件数だけを指標にすると、掲載を増やして確かめる時間を削ることが最も合理的な行動になります。
問い合わせの件数は減ってもよいのか。減ってよいわけではありませんが、比較の段階の相手が減って、条件を書いてくる相手が増えるなら、同じ人数で回せる件数は増えます。件数と中身を分けて記録してください。
判断材料はどれくらいの量が要るのか。最初は1本で構いません。口頭で毎回説明している内容のうち、件数のいちばん多いものを1つ書き切るほうが、浅いものを10本並べるより早く効きます。
物件情報の掲載をやめてよいか。やめないでください。入口が消えます。減らすかどうかは、掲載の効果を測る仕組みを作ってから判断する順番になります。
生成AIに書かせた文章だと分かると信用されないのではないか。読む側が見ているのは、書いた手段ではなく、内容が自社の経験に基づいているかどうかです。件数や工程や具体的な費目が入っていれば、それは自社にしか書けない内容になります。
まとめ
不動産のマーケティングが物件情報の掲載に寄ると、反響は増えても決まる件数は比例しません。理由は3つあります。ひとつめは、書ける内容が法令と規約で先に決まっているからです。宅地建物取引業法は、広告の開始時期を33条で、取引態様の明示を34条で、誇大広告の禁止を32条で定めており、32条違反には6月以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金、または併科という罰則があります。32条・34条・36条の違反は、1年以内の業務停止を命ずることができる場合として65条2項に条文名が挙がっています。ふたつめは、同じ物件を他社も出しているため、中身ではなく掲載の速さと量で順位が決まるからです。この競争は投じた量で決まり、止めた月に効果が消えます。みっつめは、掲載を増やすと、取引できなくなった物件を外し続ける作業が同じ比率で増えるからです。表示規約21条のおとり広告は、物件が存在しない、取引の対象となり得ない、取引する意思がないという3つの状態で定められていて、2番目は意図を要件にしていません。契約済みの削除し忘れは、そのまま当てはまります。2023年度に違約金を課された件数は19件で、4年連続の減少から反転しました。挙げられた要因は、ホームページにおける契約済み物件の削除し忘れです。
振り替える先は、決める人が社内で説明するための材料です。事業用の物件は合議で決まるため、候補を見つけた担当者の仕事は、探すことから説明することへ移ります。困っているのは物件情報の不足ではなく、賃料以外に毎月出ていく費用の項目、原状回復の範囲、移転の全工程にかかる期間、2025年4月から原則すべての新築で義務になった省エネ基準への適合といった、物件の外側にある知識です。これらは物件が入れ替わっても使えるので、出稿費とは違って在庫として残ります。ただし、どちらか一方を選ぶ話ではありません。物件情報は入口であり、判断材料は決め手です。出稿費を維持したまま、担当者1人の週に半日を材料の作成に充てるところから始めてください。生成AIに渡してよいのは、質問を件数順に並べること、社内の資料を読む側の順番に組み直すこと、古くなった箇所の候補を挙げることまでです。出どころを必ず添えさせ、確かめていない欄は空欄のまま残させます。募集条件の記載、徒歩の分数や面積や費用の額、今も掲載してよいかの判断、法令の適合の結論。この4つは人が持ちます。まずは直近3か月の問い合わせから質問を件数順に並べて、いちばん多い1つを1本書き切るところから始めてください。
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