ベンダーロックインはなぜ起きる?|乗り換えられる状態の作り方

ベンダーロックインはなぜ起きる?|乗り換えられる状態の作り方

「契約は1年更新にしてあるので、合わなければ替えられます」「解約の違約金がないことは確認したので、縛られる心配はありません」——AIツールやAIエージェントの導入を決める場では、この二つがよく並びます。どちらも契約書を読んで出した答えで、読み方としては正しいものです。ところが1年後にいざ別のものへ替えようとすると、行き先を塞ぐのは契約ではありません。塞ぐのは、そのツールの中に1年かけてたまったものです。ベンダーロックインは契約の条項で起きるのではなく、蓄積で起きます。この記事では、公的な報告書に書かれたロックインの定義、替えられなくする5つの蓄積、AIだから起きる再現性の問題、欧州が条文にした乗り換えの手続き、そして自社で乗り換えられる状態を作る手順を整理します。


カメ先生カメ先生

ベンダーロックインは違約金や契約期間で起きると思われがちですが、実際に替えられなくしているのは、そのツールの中にたまった資産のほうです。


カメ子カメ子

契約さえ短くしておけば、いつでも替えられるということにはならないのですか。


カメ先生カメ先生

なりません。会話の履歴も、書きためた指示文も、社内文書を読ませて作った索引も、他のシステムとのつなぎ込みも、契約が切れた日に自動で手元へ戻ってくるわけではないからです。


カメ子カメ子

契約の長さではなく、たまったものを出せるかどうかで見るということですね。


この記事のポイント
  • ロックインの定義は、公的な報告書でも「独自の技術を使っている」「複雑なシステムを作り込んでいる」という蓄積の言葉で書かれている
  • 持ち出せるかは、入れたデータ/AIが作った出力/指示文と設定/履歴と評価の記録/他システムとのつなぎ込みの5層に分けて、形式・一括・期限の3点で見る
  • 指示文を持ち出しても同じ結果は返らない。だから合否の記録を自社側に残し、替えない領域と替えられるようにする領域を先に分けておく

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目次

契約を短くしても、替えられるとは限らない

定義から入ります。公正取引委員会が令和4年6月に公表したクラウドサービス分野の取引実態に関する報告書は、巻末の用語集でロックインを「利用者が提供事業者(ベンダー)固有の技術を利用したり、提供事業者のサービス上に複雑なシステムを作り込んでいたりする等の理由により、異なる提供事業者の同種サービスへの切替えが困難となっている状態のこと」と説明しています。この定義に、違約金も契約期間も最低利用期間も出てきません。出てくるのは、固有の技術を使っているかと、作り込んでいるかの二つだけです。

同じ見方は行政側の調達文書にもあります。デジタル庁の情報システム調達改革検討会が令和5年3月にまとめた最終報告書は、ロックインの発生源を「密結合なシステム設計や仕様のブラックボックス化」と「ベンダー独自仕様の組み込みや知的財産権に係る制限」の二つに整理しました。対策として並んでいるのは値引き交渉でも契約期間の短縮でもなく、疎結合化とオープンな技術の採用、そしてデータポータビリティの確保です。同報告書の議事概要には「ベンダーロックインの予防に関しては、データポータビリティは非常に重要」という発言も残っています。

ここで押さえたいのは、ロックインは発注前ではなく、使い始めたあとに育つという点です。発注前に契約で確かめるべき項目は別の記事にまとめてあるので、この記事はそこには戻りません。扱うのは、契約書がきれいに書けていても、1年後に替えられなくなっているのはなぜかという問いだけです。先ほどの報告書の調査でも、異なる提供事業者のサービスを併用している利用者は回答者の1割から2割にとどまり、その理由の7割から8割は機能面で得意な処理を選んだからでした。ロックイン回避を理由に挙げた利用者は2割から3割程度です。多くの現場では、乗り換えやすさは選ぶ理由にも運用の目的にもなっていません

替えられなくするのは、たまった五つの層

では何がたまるのか。AIツールとAIエージェントに限れば、5つの層に分けられます。①入れたデータそのもの、②AIが作った出力、③指示文と設定、④会話や実行の履歴と評価の記録、⑤他システムとのつなぎ込みです。層ごとに見る観点は3つだけで、出せる形式があるか、一括で出せるか、取り出せる期限はあるかです。ここを層ごとに埋めていくと、自社がどこで縛られているかが具体的な穴として見えてきます。

たまるものの例出せる形式があるか確かめ方
①入れたデータ読ませた社内文書、取り込んだ顧客の記録、作った索引多くは書き出せる。索引そのものは出ないことが多い書き出して件数と期間を数える
②AIが作った出力生成した文書、要約、分類の結果、画像や音声本体は出せる。どの入力から出たかの対応は切れやすい出力と入力の対応が残るかを見る
③指示文と設定指示文、手順の定義、しきい値、権限、禁止語、参照先の指定画面にしかない場合が多い画面の外に原本があるかを見る
④履歴と評価の記録会話の履歴、実行の記録、合格と不合格の判断履歴は出せることがある。評価は自社で作らないと存在しない合否の判断が誰の手元にあるかを見る
⑤つなぎ込み他システムとの連携設定、認証、受け渡しの決まりごと設定は各システム側に散っているつなぎ先の一覧が1枚にあるかを見る

この分け方には裏づけがあります。先ほどの公正取引委員会の報告書は、提供事業者に推奨する取組として「クラウドサービスの利用によって生成されたデータや設定条件等を含むクラウドサービス上に保存された利用者のデータのインポートやエクスポートを可能とすること」を挙げました。データだけでなく設定条件までを名指ししているのがこの一文の要点です。設定が出せないと、データが出せても同じ動きは作れないという実務の順序が、そのまま推奨の文言に入っています。

層①と層② 入れたデータと、AIが作った出力

層①は5つの中では最も出しやすい層です。ただし出しやすさと十分さは別で、同じ報告書が利用者に推奨しているのは「完全な形で取り出す方法が広く利用者一般に提供されているか」の確認でした。完全な形かどうかを分けるのは、本文ではなく付随する情報です。誰がいつ入れたか、どの部署のものか、どの版が有効か。本文だけを書き出して移すと、移行先で権限も鮮度も判断できない山になります。

層②で見落とされるのは、出力そのものではなく出力と入力の対応です。欧州のデータ法は、持ち出せるデータを「利用者の利用によって直接または間接に生成された入力データと出力データ(メタデータを含む)」と定義しています。逆に言えば、メタデータが落ちた出力は、法が想定している持ち出しの水準に届いていません。同じ定義には除外も書かれていて、提供者や第三者の知的財産権で保護されたもの、営業秘密に当たるものは持ち出せるデータに含まれません。

実務では、出力の本体は社内の文書管理に落ちていることが多く、むしろ困るのは対応が切れたあとです。半年前に作った提案書がどの指示文とどの資料から出たのかが分からなくなると、乗り換え先で同じものを作れるかを試すことすらできません。手当ては単純で、出力を保存するときに、使った指示文の名前と版、参照した資料の一覧、実行した日付を一緒に残しておくことです。出力を残すのではなく、出力と入力の組を残す、と言い換えると運用に落ちます。

層③ 指示文と設定は、いちばん見落とされる

層③は、金額にも契約書にも現れないのに、乗り換えの手間をいちばん増やす層です。中身を並べると、業務ごとの指示文、エージェントの手順の定義、自動で処理してよい上限や下限のしきい値、誰がどの機能を使えるかの権限、使ってはいけない語の一覧、参照させる社内資料の指定、出力の書式の指定。これらはツールの管理画面の中で少しずつ育っていきます。育っている間は誰も台帳を作らないので、増えたことに気づけません。ここが問題の芯です。

退去のときに何が起きるかは想像しやすいはずです。画面にしか無いものは、画面が使えなくなった日に消えます。書き出し機能が用意されていても、出てくるのは指示文の文字列だけで、どの業務のどの工程で使っていたか、なぜその文言にしたのかは付いてきません。しきい値や権限に至っては、そもそも書き出しの対象に入っていないことがあります。先に挙げた推奨の文言が、データではなく設定条件まで名指ししていた理由はここにあります。

手当ての方向は一つで、原本をツールの外に置くことです。指示文は社内の文書管理か版管理の仕組みを原本にして、ツールにはその写しを入れる。しきい値と権限は表にして、変えたら日付と理由を書き足す。この運用にしておくと、乗り換えのときに移すのは写しだけになります。手間は月に数十分ですが、やっていない状態で乗り換えを決めると、この層の棚卸しだけで数週間かかります。

  • 指示文の原本をツールの外に置くと、複数のツールを試すときにも同じ指示文を使い回せる
  • しきい値と権限は、変えた日付と変えた理由を1行ずつ足す。数字だけ残すと復元できない
  • 参照させる社内資料の指定は、資料の場所ではなく資料の名前と版で書いておく
  • 禁止語の一覧は、なぜ禁止したかの一言を付ける。付いていないと移行先で緩められる

層④ 会話と実行の履歴、そして評価の記録

層④は二段に分かれます。前半は履歴で、会話のやり取り、エージェントがどの順でどの機能を呼んだか、途中で止まったのはどこかといった記録です。これらは提供元の管理画面から書き出せる場合があります。後半が評価の記録で、こちらは誰も作らなければ、どこにも存在しません。どの入力に対して何を返したとき合格としたのか、どこからを不合格としたのか、その判断を誰がいつ下したのか。この記録が自社にないと、乗り換え先が同じ品質かどうかを比べる物差しが手元にない状態になります。

持ち出しの限界も条文の側に書かれています。欧州のデータ法は、提供者のサービス内部の動きに固有のデータ区分について、営業秘密を侵すおそれがあるときは持ち出しの対象から外してよいと定めました(ただし切替えそのものを妨げたり遅らせたりしない範囲で、という条件付きです)。別の条文では、知的財産権で保護されている、または営業秘密に当たるデジタル資産を開示したり移転したりする義務は提供者にはない、とも書いています。内部のスコアや判定の根拠は出てこないことがある、を前提に自社側の控えを作る、という設計が要ります。

評価の記録は、凝った仕組みを作る必要はありません。業務ごとに20件から30件の入力を選び、期待する出力の要点を人の言葉で書き、実際の出力と、合格か不合格か、判断した人と日付を1行にまとめる。この表を四半期に1回だけ回します。乗り換えを検討する日が来たとき、この表を候補のツールに通せば、比べられる状態が半日で作れます。逆にこの表がないと、比較の設計から始めることになり、数週間の見積もりになります。

層⑤ 他システムとのつなぎ込みは、相手の都合で動く

層⑤は、つなぎ先の数だけ増えていく層です。顧客管理の仕組み、社内の文書置き場、日程調整、問い合わせの受け口、認証の基盤。1つずつは小さな設定ですが、つなぎ込みは片方だけを替えることができません。AIツールを替えると、つないだ相手側の設定も同じ日に触ることになります。台帳が無ければ、どこを触るのかを調べるところから始まります。

さらに厄介なのは、この層が自社の判断と無関係に動く点です。先の公正取引委員会の報告書には、あるクラウド提供事業者の説明として「顧客が使用しているサービスの重要な機能を停止する場合、又は顧客が後方互換性のない方法で使用しているインターフェースの重大な変更を行う場合には、少なくとも12か月前までに顧客に通知する」と書かれています。ただし例外が3つ添えられていて、セキュリティ上または知的財産上の問題が生じる場合、経済的または技術的負担が生じる場合、法規定に違反することとなる場合は、この限りではないとされています。12か月という数字は、条件付きの数字です。

同じ報告書では、別の提供事業者が「サービスを1日に数百回程度の小さな方法で更新し」「過去60日間における製品の最新の変更点を網羅したリリースノートを公開している」と説明しています。利用者側からは「バージョンアップが事前の通知なく実施される場合があり、ウェブサイトの細かい注意書きに書いてあるだけで、契約時には明示的な説明はなかった」という指摘も出ていました。つなぎ込みを増やすほど、自社の都合と無関係に動く部品が増えるということです。デジタル庁の報告書が疎結合化を第一の対策に置いたのは、この構造への答えです。実務では、つなぎ込みを1か所の中継に寄せて、AIツール側の変更が中継の内側で吸収される形にしておくと、乗り換えのときに触る箇所が中継だけになります。

指示文を持ち出しても、同じ結果は返らない

ここからがAI特有の事情です。層③の指示文を全部持ち出せたとします。それでも、乗り換え先で同じ結果が出る保証はありません。しかも問題は乗り換えの前から始まっています。ある大手提供元の技術文書は、既定の状態では「同じ質問を複数回投げると異なる応答が返ってくる可能性が高く、そのため応答は非決定的とみなされる」と説明しています。同じツール、同じ設定、同じ指示文でも、同じ答えは返ってきません

再現性を高める仕組みも用意されていますが、同じ文書はその機能を試験提供と位置づけ、「決定性は保証されない」と明記しています。乱数の種を同じにし、裏側の構成を示す識別子が一致していても、応答にある程度のばらつきが見られることは現時点で珍しくない、とも書かれています。さらに、出力の上限を大きくするほど、種を指定しても決定性は下がるとされています。識別子そのものは、裏側の構成が変わったことを検知するために参照するもので、結果の一致を約束するものではありません。

この事実を、欧州のデータ法が置いた到達点と並べると輪郭がはっきりします。同法は機能的同等性を、持ち出したデータとデジタル資産を土台に、移行先で「同じ入力に対して実質的に比較可能な結果を返す」最低限の機能を再構築することと定義しました。同じ入力に比較可能な結果、という基準はAIでは自動的には満たされません。だから乗り換えの可否は、指示文が出せたかではなく、自社の評価の記録を通したときに合格するかで判断することになります。層④の後半を自社に持つべき理由は、ここに集約されます。

欧州は、乗り換えられる状態を日数で書いた

乗り換えられる状態とは何かを、条文の形で定義した例があります。欧州連合のデータ法は2025年9月12日から適用されており、第23条で、切替えを妨げる商業上・技術上・契約上・組織上の障壁を課してはならず、除去しなければならないと定めました。日本の企業に直接適用される規則ではありませんが、乗り換えられる状態を項目と日数に分解した一覧として読む価値があります

データ法が決めていること期間・期日
切替えを始めるための通知期間最長2か月
移行の期間最長30暦日
技術的に無理な場合の通知求めを受けてから14営業日以内に理由を示す
その場合の代替の移行期間最長7か月
移行期間の延長利用者の判断で1回延ばせる
移行後にデータを取り出せる期間移行期間の終了後、最低30暦日
切替えの手数料2027年1月12日から請求禁止。それまでは実費の範囲まで
契約に書くこと持ち出せるデータとデジタル資産の区分を漏れなく列挙する
提供者が公開することデータ構造と形式、標準、相互運用の仕様を載せた最新の登録簿
共通仕様がないとき求めに応じて、構造化され広く使われる機械が読める形式で全部書き出す

この表を自社の契約書に当てはめると、抜けている行がすぐに分かります。多くの契約は、通知期間と解約の条件までは書いてあっても、移行の期間、取り出せる期間、持ち出せる区分の列挙、データの形式の公開までは書いていません。書いていない項目は、退去の当日に交渉することになります。そして退去の当日は、こちらに交渉の材料がいちばん少ない日です。数字そのものを真似る必要はありませんが、行の見出しは今日からでも使えます。

自社向けに作り込むほど、乗り換えの保護は薄くなる

同じ法律には、読むほど身につまされる例外規定があります。第31条は、主要な機能の大部分が個々の顧客の求めに応じて作り込まれたサービス、または全ての構成要素がその顧客のために開発されたサービスであって、提供者のサービス一覧で広く商用提供されていないものについては、切替手数料の撤廃を含むいくつかの義務が適用されないと定めています。自社専用に作り込むほど、乗り換えを守る規定の外に出ていくという逆説です

もう一つの例外は、試験と評価のために期間を限って提供される非本番版です。こちらは切替えに関する章の義務がまるごと適用されません。実証実験で入れたものが、成果が出たのでそのまま本番になったという流れはAI導入では珍しくありませんが、実証の器のまま本番に入ると、乗り換えの土台が抜けたまま運用が始まります。同条は、契約前に、適用されない義務がどれかを利用希望者に伝えるよう提供者に求めています。つまり適用外であること自体は違反ではなく、伝えないことが問題だという建て付けです。

実務への含意は二つあります。一つは、作り込みは価値であると同時に縛りでもあるという前提を、作り込みを始める前に共有しておくこと。もう一つは、実証から本番へ移すときに、器の側を作り直す工程を必ず挟むことです。この2工程を飛ばすと、後から追いつくのは難しくなります。先ほどの条文が新しい技術やサービスを開発する義務を提供者に課していない点も併せて読むと、乗り換えやすさは提供者が用意してくれるものではなく、発注する側が設計に入れておくものだと分かります。

日本には同じ義務がない。契約と運用で作る

日本には、事業者にサービスの切替えを義務づける横断的な規則は、少なくとも現時点では見当たりません。その代わりに、公正取引委員会の報告書が利用者側に推奨する取組を具体的に並べています。一つ目は「契約を終了させる条件(許容できる費用増加の上限、技術の陳腐化への対応方針等)をあらかじめ定めておき、当該条件に照らした検証を定期的に行うこと」。退出の条件を、使い始める前に数字で決めておくという指示です。

二つ目は、生成されたデータや設定条件を含む利用者のデータを完全な形で取り出す方法が広く一般に提供されているかを確認し、確認できない場合は取り出せる条件や範囲を提供事業者に確かめるか、個別交渉ができるなら移行の支援やデータの受け渡しに関する条項を契約に設けること。三つ目は、移行させる可能性がある重要なシステムについては、他社の環境でも動く技術や持ち出しやすい技術を優先して採用し、移行が容易になる設計にすること。四つ目に、専門知識を持つ人材を確保・育成することも挙げられています。

公的な調達では、この考え方が既に仕様書に落ちています。同じ報告書によれば、政府共通の基盤では、「クラウドロックインを回避し、将来の切替えを可能とするため」に、切替えの事前検証に資する技術情報の公開、移行を容易にするツールやサポートサービスの提供を含むデータポータビリティの確保を、調達仕様書等で求めているとされています。この3行は、民間の発注書にもそのまま書ける粒度です。相手が応じられないと答えたなら、それはそれで判断材料になります。

蓄積が縛りに変わるまでの四つの段階

ロックインは、ある日突然できるものではありません。段階を踏んで固まります。第1段階は無料枠と試用です。費用が発生しないので稟議も台帳も通らず、業務のデータだけが先に入ります。欧州のデータ法の前文は、無料枠の利用者も切替えの規定の恩恵を受けるべきであり、無料枠がロックインの状況を生まないようにすべきだと述べています。無料であることは、縛られないことを意味しません

第2段階は、部署ごとの個別契約です。安いという理由で部署が別々に契約すると、同じ用途の蓄積が3か所にも4か所にも分かれます。この状態で全社の乗り換えを決めると、持ち出しの交渉を契約の数だけ繰り返すことになります。第3段階がつなぎ込みで、他システムと結んだ時点で、替えるかどうかの判断が自部署だけでは終わらなくなります。第4段階が作り込みで、そのツールに固有の機能を前提に業務の手順を組み替えた瞬間、冒頭で見た定義の「複雑なシステムを作り込んでいる」に自社が入ります。

第4段階の怖さは、費用の側から見えてきます。先の報告書には、利用者からの指摘として「キャンペーンが終わり、価格が引き上げられたとしても、そのサービスを利用してシステムを構築してしまっている場合などには、他社サービスへの移行が難しいこともある」という声が載っています。安く始めたことが問題なのではなく、安いうちに作り込みが進み、値上げの時点では選択肢が残っていないという順序が問題です。段階が上がるほど、乗り換えの判断は技術の話から社内調整の話に変わっていきます。

  • 安いからと部署ごとに個別契約し、同じ用途の蓄積を3か所に分散させる
  • 無料枠のうちは台帳に載せず、有料化の連絡が来てから初めて中身を確認する
  • 持ち出しの試行を一度もしないまま、規約に出せると書いてあるから大丈夫と判断する
  • 実証実験の器のまま本番運用に移し、乗り換えを想定した設計に作り直す工程を飛ばす
  • 指示文としきい値をツールの管理画面だけで管理し、社内に原本を置かない
  • 他システムとのつなぎ込みを個別に増やし、つなぎ先の一覧を作らないまま運用する

出せると書いてあることは、出せたことの確認にならない

契約書や規約に「データは書き出せます」と書いてあっても、それは出せることの確認ではなく、出せると書いてあることの確認です。実際に出してみると、期間が90日分しか出ない、添付が付いてこない、分類の結果が数字の羅列で戻ってくる、指示文が改行ごとに分かれてしまう、といったことが起きます。年に1回、半日でよいので、実際に出す試行を日程に入れるのが確実です。

STEP1
出す対象を5層で決める

全部を一度に出そうとせず、その年に確かめる層を決めます。初回は層③の指示文と設定、層④の履歴を推奨します。出しやすい層から始めると、出ない層に気づけません。

STEP2
書き出しを実行する、または依頼する

管理画面に機能があれば実行し、無ければ提供元に依頼します。依頼から受領までにかかった日数を記録します。この日数が、退去のときに必要な猶予の下限になります。

STEP3
出てきたものを数える

件数、期間、含まれている列、欠けている列を数えます。契約書に書かれた範囲と突き合わせて、差があれば台帳に残します。ここで数えないと、次の工程の結果を評価できません。

STEP4
別のツールに入れて動かす

候補になりうる別のツールに入れ、層④の評価の記録から10件を選んで通します。同じ入力に対して、比較可能な結果が返るかを見ます。返らない場合、原因が指示文の書き方か、モデルの違いかを切り分けます。

STEP5
出なかった層を記録して次に回す

出せなかった層は、消さずに台帳へ残します。翌年の更新交渉で条項を追加する材料になり、追加できないなら、その層は替えない領域として扱う判断につながります。

試す観点は自作しなくても構いません。国立情報学研究所が大学や研究機関向けに用意しているチェックリストは第5.1版で112項目あり、令和4年2月の時点でクラウド提供事業者36社がこの仕組みに参加しているとされています。切替えに関わる質問として並んでいるのは、契約終了時のデータの移行支援があるか、利用終了前にデータを完全な形で取り出す方法が担保されているか、システムの実体を他社の環境に移して動かせるか、利用者のデータを他社の環境に移せるか、そして移行の手段が提供されるか、の4問です。この4問は、そのままAIツールの選定にも使えます

乗り換えられる状態を作る、五つの決め事

ここまでを、日常の運用に落とします。決め事は5つで、どれも新しい仕組みを買う必要がありません。効くのは2番目で、これだけが自社にしか作れない資産です。残りの4つは、担当者が決めさえすれば今週から始められます。

  1. 指示文と設定の原本を、ツールの外に置く。ツールに入っているのは写しだと決めて、変更は原本から反映する。変えた日付と理由を1行ずつ残す
  2. 評価の記録を自社側に持つ。業務ごとに20件から30件の入力を選び、実際の出力、合否、判断した人、日付を1行にまとめて四半期に1回だけ更新する
  3. つなぎ込みを1か所の中継に寄せる。相手側の仕様変更を中継の内側で吸収し、乗り換えのときに触る箇所を中継だけに閉じる
  4. 持ち出しの試行を年1回、日程に入れる。前の章の5工程を半日で回し、出なかった層を台帳に残す
  5. 退出の条件を数字で決めておく。許容できる費用増加の上限、評価の記録の合格率の下限、提供終了の連絡が来たときに何日以内に何をするか

2番目が要になる理由をもう一度書きます。指示文は持ち出せます。データも多くは持ち出せます。けれども第7章で見たとおり、同じ指示文が同じ結果を返す保証はどこにもありません。比べる物差しを自社が持っていない限り、乗り換えの可否は判断できません。評価の記録は、その物差しそのものです。作る手間は初回で数時間、更新は四半期に1時間程度で足ります。

5番目の退出条件は、書いた瞬間には何の効果もありません。効いてくるのは、値上げの連絡が来た日と、提供終了の連絡が来た日です。その日に条件が決まっていなければ、判断は「今すぐ替えるのは無理だから続ける」に自動的に寄ります。あらかじめ数字が決まっていれば、続けるという判断も、決めた基準に照らした判断になります。どちらを選ぶかより、基準に照らして選んだかどうかが後から効きます。

替えないと決める領域を、先に切る

ここは人が決める線の話です。5つの層をすべて持ち出せる形にしようとすると、選べるツールがほとんど残らなくなります。公正取引委員会が2026年4月に公表した生成AIの実態調査報告書でも、切替えに関する事業者の意見は割れていました。既存のツールに依存する傾向が強く切替えの費用は高くなっているという意見、切替えの費用自体は大きくないが切り替えるには相応の価格差が必要だという意見、技術的には難しくないが自社でまかなえない部分を外部に頼むと費用が増えるという意見。一律の正解が無いということは、自社で線を引くしかないということです

実務的には3つに分けます。替えない領域は、10年単位で使う前提で作り込んでよい領域です。替えられるようにする領域は、年単位で見直す前提で、5つの決め事を全部適用する領域です。使い捨ての領域は、試して合わなければ捨てる前提で、蓄積を作らないと決める領域です。分け方を間違えるより、分けていないことのほうが害が大きいのは、分けていないと全部が第2の領域として扱われ、結果としてどれにも手が回らなくなるからです。

  • その業務で作った蓄積が、他の業務でも使えるものかどうか
  • その蓄積が失われたとき、作り直すのに何人日かかるか
  • つなぎ込みの相手が、社内の基幹に近いか、末端に近いか
  • その領域で扱う情報の機微さ。持ち出しの試行そのものが難しくないか
  • その領域の担当者が、いま何人いて、来年も同じ人がいるか
  • 替えないと決めた理由を、決めた日付とともに書き残したか

線を引き直す時期も決めておきます。同じ報告書は、日本の生成AI市場が2025年見込みで6,653億円、年平均38.1パーセントの伸びで2029年には1兆9,791億円に達する見込みだと引用しており、AIエージェントについては日常の業務やサービスに定着しつつあると書いています。この速さの中では、いま最適な選択が3年後も最適である確率は高くありません。だから替えないと決めた領域についても、決めた理由を書き残し、年に1回だけその理由がまだ成り立つかを見ます。理由が崩れていたら、線を引き直すだけです。

AIに任せる下ごしらえと、人が持つ判断

この作業のうち、AIに任せてよいのは下ごしらえの部分です。契約書、利用規約、技術仕様書、提供元の説明ページを読ませて、5つの層に当たる記述がどこにあるかを拾わせる。書き出しの可否、対応している形式、保存の期間、解約後にデータを取り出せる期間、通知の期限。これらは探す作業であって、判断する作業ではありません。探して並べるところまでは、手数がはっきり減ります。

渡し方には型があります。原文をそのまま渡し、5つの層の定義を先に与えて、出させる列を4つに固定します。どの層に当たるか、原文のどの位置か、その原文の引用、そして明記あり・記載なし・要確認のどれか。引用が付いていない行は、根拠を確かめられないので使いません。記載が無いことを推測で埋めさせないために、分からない場合は記載なしと書くよう指示に含めます。拾わせたあとは、明記ありと書かれた行を人が原文で1件ずつ確かめます。件数が多い場合でも、退出に直結する行だけは全数を見ます。

任せない判断は3つです。1つ目は、どの領域を替えない領域にするか。これは事業の見通しと社内の体制で決まるので、契約書の文言からは出てきません。2つ目は、退出の条件に入れる数字です。許容できる費用増加の上限も、合格率の下限も、自社の事情でしか決まりません。3つ目は、持ち出しの試行の合否です。出てきたものが十分かどうかは、次に何をするつもりかで変わります。AIに判断させない範囲を先に決めておくと、下ごしらえが速くなっても結論の質は落ちません。逆に線を引かずに使うと、拾ってきた一覧がそのまま決裁の資料になり、確かめていない行が確かめた行として扱われます。

まとめ

ベンダーロックインは、違約金や契約期間で起きるのではありません。公的な報告書の定義も、固有の技術を使っていることと、複雑なシステムを作り込んでいることの二つで説明しています。替えられるかどうかは、入れたデータ、AIが作った出力、指示文と設定、履歴と評価の記録、他システムとのつなぎ込みという5つの層について、出せる形式があるか、一括で出せるか、期限はあるかを見て決まります。AI特有の事情として、指示文を持ち出せても同じ結果が返る保証はなく、提供元の技術文書も決定性は保証されないと明記しています。だから合否の記録を自社に持ち、比べる物差しを手元に置いておく必要があります。欧州のデータ法は、通知は最長2か月、移行は最長30日、取り出しは終了後30日以上、手数料は2027年1月12日から禁止と、乗り換えられる状態を日数で書きました。日本に同じ義務はありませんから、契約と運用で作ります。指示文の原本を外に置く、評価の記録を自社に持つ、つなぎ込みを1か所に寄せる、持ち出しを年1回試す、退出の条件を数字で決める。そのうえで、替えない領域と替えられるようにする領域を先に分けます。契約書から記述を拾う下ごしらえはAIに任せられますが、どこを替えない領域にするか、退出の数字をいくつにするか、試行の結果を合格とするかは、人が持つ判断です。

※本記事にはAIが活用されています。編集者が確認・編集し、可能な限り正確で最新の情報を提供するよう努めておりますが、情報の完全性、正確性、最新性、有用性等について保証するものではありません。本記事の内容に基づいて行動を取る場合は、読者ご自身の責任で行っていただくようお願いいたします。

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